目をつぶると、どこでもないどこかへ行ける。坂本龍一教授が、目の前で奏でる音楽を体で受け取りながら、記憶は飛躍して、iPodを聞きながら窓の外を眺める通勤電車や、風が鳴るアフリカの平原に結びつく。
思い返せば、「アフリカ」という単語が記憶に刻まれたのは、Brian Enoの「The problem with computers is that there is not enough Africa in them」という言葉を、あるアーティストが教えてくれたからだ。
それからわずか3ヶ月でアフリカに旅立ち、サファリのテントのなかで聞いた曲を、今、Liveで聞いている。
もうひとつ、アフリカに向けて背中を強く押してくれたのは、ELEPHANTISMの映像だった。そして、モニターでみた風景が、現実の記憶として、音楽によって呼び覚まされる。
10ヶ月の時間をまたいで、未完成だった出来事が、ひとつの物語のように組みあがっていく。ただし、その物語は紙に書かれることはない、アドリブ演奏のように自由だ。そんな風に、記憶の脳細胞を互いに結びつなげる、Liveの演奏。
とても素晴らしい、洗練されたパフォーマンスを見終わって、不思議なことに感じたのは、「もっと自由に表現できる時代が、どんどん来ているんだな」ということ。
アフリカには、Enoが見た、未完成の魅力が確かに存在していた。完全にシステム化されていない、社会の隙間をうめる人の個性と、アドホックなコミュニケーション。未完成を埋めようとする、創るという行為。
ブログという未完成のコミュニケーションは、もっともっと新しい物語を、身の回りに引き込んでくれるに違いない。そんな期待が存分に刺激された夜だった。
時間やジャンルを越える、思考と創造のツールとしてのフレームワーク
アフリカ旅行記(まだ半分も終わってない。。)
象の長距離コミュニケーション 坂本龍一のELEPHANTISM

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