サファリはツアーの種類にもよるけれど、約1週間、同じメンバーとテントで寝食を共にします。アフリカの野生の大地という、非日常的な空間、その時間を誰とシェアするのかは、一生記憶に残る体験となります。その意味でも、IntoAfricaのツアーに参加できて、とてもよかったと思う。
第一に素晴らしかったのはスタッフの質の高さ。まず、皆の知識の量が半端でない。ドライバーをしてくれたザイードは、ハンドル片手に何気なく、何のガイドブックも見ずに、動物はもより、数十種類の野鳥も見分けて、その生態から地元での言い伝えまで、すらすらと流暢な英語で説明してくれる。
他にも、カルチャーツアーであれば、地元から専門のガイドがやってきて、村の伝統文化や価値観、農作業の詳しい行程などを、実際の生活を見ながら説明してくれる。それも、いわゆるマニュアル的なガイド・ストーリーがあるわけではなく、自然のなかで目の前に現れるモノを、その場でアドリブ的に質疑応答。
ツアーガイドのデニスは、スタッフも加えると10人ぐらいになるグループを、完璧なホスピタリティでオーガナイズしてくれた。もちろんガイドとしての知識は一番だし、それに加えて、参加メンバー全員の様子をよく把握して、ちょっと疲れた様子だと、ニコッと笑って「楽しんでいる?」と確認。一週間のキャンプ生活でおこるアクシデントにも逐一対応して、すべてスケジュール通りに進むようにアレンジ。
常に移動し続けるサファリでは、部屋がきれいとか、豪華な設備というような分かりやすいラクジュアリー感は無いけれど、スタッフ一人一人の気持ちのよさが、すごく全体的な快適度につながっていたように思います。そういえば、水道も無いキャンプクッキングで、ピザとかをつくってしまうシェフもすごかった。食事もサファリが一番美味しかったかもな〜
マサイのマーケットから歩いて帰る途中で、ちょっとしたアクセサリーを売ろうと、16歳ぐらいの少年がしつこくついてきて、ちょっと困った事がありました。走って逃げるわけにもいかないので、何となく色々と話を聞いてみたことがありました。
最初は「押し売りうざいな〜」ぐらいにしか思っていなかったのだけど、話を聞くと、ものすごく勉強してるんですね。まず16歳ぐらいで、完全に外国語の英語がペラペラ。どこで習ったの?と聞くと。ちゃんと語学学校に通っていると。英語とフランス語は結構できるようになったので、今度はスペイン語を習おうと思っている。その学校に行くための学費を、アクセサリーを売って稼いでいる。
働きながら学校に通っている、というと、日本では苦学生みたいなイメージですが、もっとアッケラかんと「スペイン語も話したいんだよね!」と全然まえむき。話が結構面白くなってきたので、スペイン語をならってどうするの?と聞くと、サファリのガイドになりたいと。「デニス(僕らのツアーのメインガイド)を知ってるか?」と聞くと、目がキラキラしてきて、「当たり前だよ!」という感じ。彼らにとっては、何台ものサフィリカーでタンザニア中を何週間もツアーする、サファリを仕切るメインガイドは目標であり、ヒーローなんですね。
当然その過程では競争もあって、設備が整っている、給料がいいサファリのガイドになるためには、3カ国語ぐらいはしゃべれるのが当然で、それに加えて、動物や自然などの専門知識が求められる。こいつは、将来伸びそうだ、という子供には、サファリ会社のオーナーから海外で勉強をする機会が与えられることもある(デニスがそう)。
そういう、人がすべてのサービス産業なので、もちろん安いサファリ・ツアーなども沢山あるのだけど、そこには、その程度のスタッフしかいないということになります。自分の知り合いの土産物屋につれてって、リベートをかすめ取るとか。
実は、サファリが終わってIntoAfricaのホテルに帰ったときに、サファリ会社IntoAfricaのオーナーの、クリス・モリスという人がたまたまイギリスから来ていて、色々と話を聞く事ができました。クリスは、10年以上前、まだタンザニアが共産主義のころにバックパッカーで旅をしていて、タンザニアの魅力のとりつかれ、マサイの女性と結婚。そして、まだまだ少なかったサファリ会社を立ち上げて、今のエコ・ツーリズムのような形態を徐々につくりあげてきた。
「エコ・ツーリズムってどういうことなの?」と聞くと、ちょっと考えた後に「いい人たちに、ちゃんとしたお金を払うことだよ」という答え。「ローカルの人たちを、外国人への物乞いのようにしたくなかった」と。まだ旅行者が少ない時代に旅をして、現地の人たちの暖かい考え方に感激をしつつ、西欧のビジネススタイルが入ってくると、それによってコミュニティーがものすごく混乱しはじめるのも目にした。たんにお金を払えばいい、というビジネススタイルが、昔からの善意の文化を圧倒するのを見て、どうしたらいいのか?
そのことへの対策として、村の人が必要としていた牛を洗えるプールをつくってあげて、そのお金は旅行者が払っていると説明したり(実際、ツアー料金にはそのようなお金が含まれている)、現地の人と、訪れる人が、お互いに共存するという仕組みを、すこしづつ造り上げてきた。
他にも色々と、社会の仕組みも違う、何も無いところからサファリ会社を立ち上げていくストーリーや、アフリカに着いて早々「マサイの戦士の槍が買いたいんだけど、いくらなんだ!」とわめく変な旅行者の顛末とか、そうとう面白い話を聞く事ができました。
やっぱりまだまだ、アフリカにはフロンティアが残っているんだな。そして、マーケットの押し売りの少年に言いたい、「頑張れよ、おまえならやれる!」












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