ホワイトバンドや、ロハス(LOHAS)など、バズ・マーケティングが炎上しがちな昨今です。個別の事例についてはパスしますが、なぜ「なにか分からないけど、何かイヤ」な感じがするのでしょうか。
バズ・マーケティングに対する反応は、最近は主にブログでの反論から始まることが多いようです。そして、これは正しい免疫反応であることは間違いないでしょう。ただし時々、免疫反応が強すぎて、アレルギー性の発作のように炎上することがある。
では、免疫系が激しく反応する「異物」とは何なのだろうか? 多分、共通する異物の一つは「情報流通上のごまかし」ではないだろうか。そしてデジタル・ネイティブな世代は、この「ごまかし」に対して相当敏感になっている。
逆に、デジタル・ネイティブではない世代は、今まで通りのやり方やビジネスをしているのに、ネイティブ世代にやたらと激しく反応されて、それを取り繕うためにまた「ごまかす」ので、火に油を注ぎ炎上。しまいには「本当の情報の素性」の一環である個人情報まで暴かれて、「あ〜やだやだネットは怖いところだね」ということになってるような。
なぜデジタル・ネイティブが、「情報流通上のごまかし」を異物として免疫攻撃するのかは明確です。「その情報が、どこから発信され、どこをどう通って、目の前にあるか」は、インターネット上の情報が正しいかどうかを判断する唯一の指標だからです。
- 1年以上読み続けて、価値観に共感できるブログが書いていること
- ある領域に詳しい人のブックマークや、被ブックマーク数
- SNSなど信用のできるコミュニティーで、おすすめされている情報
- 被リンク数でランク付けされる、検索エンジンのPageRank
このような仕組みは、いずれも情報の流通上の透明性を、確認するための判断材料でもあります。デジタル・ネイティブなネット・ユーザーは、日常的にそのような判断指標から、ある情報の信頼性や、性質を判断しています。そして時には、微妙に判断指標を狂わせる「ネタ」を仕込んで、冗談として楽しんだりもする(Google爆弾とか)。
ただし!まだまだマジョリティーがデジタル・ネイティブな訳ではない。だから、「情報流通の透明度」を気にしない層に対して、バズ・マーケティングを仕掛けるビジネスは沢山存在します。
そして、最近炎上しているものの多くは、海外の活動やアイデア、コンセプトに目をつけて、それを曲解とまではいわないまでも、自分に都合のいい部分だけをピックアップして、日本に展開していることに起因しているような気がします。自分に都合のいい部分だけを伝えるために情報源がボカされているので、判断指標が持てずにデジタル・ネイティブは「何か嫌だな」と感じるのではないか。
逆にデジタル・ネイティブな感覚では、信頼性を高めるために、できる限り透明度を上げようとするモチベーションが強くなります。あるいは、単純に海外のサイトとかを読んで、「これスゴッ!」と興奮した勢いで訳したり、紹介してしまうので、邪念の入るタイミングが少ないのかもしれませんが。
邪念に毒されない、「所詮、趣味でやっていることですから」的なマイペースさは、実はこれから信頼性という意味では、どんどん価値があがってくるのかも。
いずれにしても、こういうギャップは色々と顕在化してきそう。ただ、異物や異臭に敏感になるぐらい、徐々に空気が澄んできている、文字通り風通しのいい世の中になってきているのは、いい予兆です。

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コメント
「ホワイトバンドや、ロハス(LOHAS)など、バズ・マーケティングが炎上しがちな昨今、、、なぜ「なにか分からないけど、何かイヤ」な感じがするのでしょうか。時々、免疫反応が強すぎて、アレルギー性の発作のように炎上することがある、、、免疫系が激しく反応する「異物」とは何なのだろうか? 、、、デジタル・ネイティブな世代は、この「ごまかし」に対して相当敏感になっている、、、」
炎上するバズ・ワードについてのご洞察に共感いたしました。マイクロプロセッサの誕生からデジタルに付き合い始めた自分は、デジタル・ネイティブなのかデジタル移民なのか自問自答する中で出会ったご意見。ロハス(LOHAS)に対しては同じような異物感を持っていたのでデジタル・ネイティブな感覚に限りなく近いところにいるのかな?と思いました。デジタル・ネイティブがバズ・マーケッターの餌食にならないように願うのですが、WebもTVのようになってきた昨今、ブロガーの間でいたずらにエントロピーが増大して炎上しないよう祈ります。
子育てのコンセプトをマイクロキッズにし、自分もマイクロキッズだと自称して25年が過ぎましたが、30世紀まで続く文明のスタート時点での10年20年の差は同じようなもの、皆マイクロキッズですよと周囲に言い放って来ました。当時(1980年代初頭)はデジタルとベジタリアンを足してデジタリアンなんていう言葉もありました。Marc Prenskyさんの定義ではわれわれ爺世代はDigital Immigrantsということになってしまうのでしょうが、それにも違和感があるので、デジタル・ネイティブの仲間に入れてくれないならフロンティアーだと周囲には言い放っています。
本のご趣味を拝見してあまりにも共通する愛読書に驚きました。移民たちの持ち込む異物が、適度な潮風のあるこのように洗練されたセンスで選別されていることに心強くなります。Webの中で、陰影礼賛者に耐えられる情報のありようとは何だろうなどと考えました。これからも楽しみに読ませていただきます。
こんにちは。コメントありがとうございます。まさにおっしゃる通り、「デジタル・ネイティブ」という単語には、ある一定の世代やグループをカテゴライズするのではなく、自分たちの目指したい方向性や、意識というニュアンスがあるのかと思います。
探究心や、知りたいと思う気持ちは、時と場が変わっても、その方向性に変わりがないのでしょうね。これからもよろしくお願いいたします!