2008年2月10日

クジラの島の少女 : Whale Rider

ニュージーランドの先住民、マオリの人々が住む村。その昔、海洋民族の祖先は、カヌーで大海原を渡り、この島にたどり着いた。クジラに助けられたことによって、Paikeaという名を授かった偉大な先祖。その末裔たる人々が、今も村には暮らしており、近くの海を訪れるクジラとも、特別な関係を残している。

クジラの島の少女

その村は、ニュージーランドの北西の端に位置し、昔とかわらない風景が残っている。それでも現代の文明は、もうずいぶんと村の人々の意識を変化させていて、村長であるKOROは、マオリの伝統の継承と、そして村を率いることになる後継者の問題に、頭を悩ましている。そんなおり、KOROの家に生まれた孫娘、PAIの成長を巡って物語は展開していく。

映画の出だしは、KOROの悩みに同調するように、ちょっと暗い雰囲気。KOROを演じた Rawiri Paratene氏が、公式サイトのインタビューでも話しているように、彼はとても正直な男だ。しかし正直すぎるがゆえに、時代の変化に戸惑い、自分の受け継いだ祖先の知識や、伝統的な武芸・芸術を、次世代に継承できないことにイラだっている。あるいは村を率いる者として、コミュニティーが断絶されることへの焦りなのかもしれない。子供ならでは鋭い感性で、PAIはそんなKOROの気持ちに感応し、祖先の伝統を受け継ごうと努力するのだが、その思いはなかなかKOROに届かない。

物語の舞台となる、自然に囲まれた美しい海辺の村 Whangaraは、実際に存在する。原作の情景描写を読んで、プロデューサーのJohn Barnett氏は、この村で撮るしかない、と思ったそうだ。映画の中にでてくる村の集会所や、部族の象徴ともいえる巨大なカヌーも、実際のものが利用されている。映画のクルーも、村の人々と時間をかけて交流し、エキストラとして多くの村人が出演しているそうだ。監督や出演者も、すべてマオリのバックグラウンドを持っており、自らのルーツにたいする、並々ならぬ思いの強さが、素晴らしい演技に結実している。

民族の伝承は、踊りや武芸、あるいは様々な儀式として、目にすることができる。しかし、それがどのような意味を持っているのか、ルーツを共有しない外部の人間が知るのは難しい。とくに、伝説や神話など、人と自然、そしてその外側にある見えない存在との関係性を記述するものは、そこに書かれている内容以上に、それを伝え、話す文脈にこそ意味があるからだ。

村という社会の単位は、グローバルな世界から見たら、いかにも小さく閉鎖的にみえる。しかし、「その昔、海にむかって語りかけた先祖の言葉を、クジラたちは聴いていた」という物語の広がりは、地理的な距離とは異なったスケール感をもっている。その存在を感じ、自然のなかの僅かな気配に気づくだけでも、日常生活はより大きなものに開かれていくに違いない。小さなコミュニティーにとっては、それはひとつの指針となり、その言葉を話す者が、部族の未来を語るのだろう。この映画が、マオリの物語だけでなく、何か普遍的なものに感じられるのは、おそらく誰もが、自らの民族の言葉を内に持っているからではないだろうか。エンディングにむけて高まる爽やかな感動は、そのような共感からくるのかもしれない。

WHALE RIDER the movie(公式サイト)

photo
クジラの島の少女
ケイシャ・キャッスル=ヒューズ ニキ・カーロ
アミューズソフトエンタテインメント 2004-06-25

by G-Tools , 2008/02/10

 

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作成日 : 2008年2月10日 18:25

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