2003年10月10日

瞑想後の感覚

瞑想、というのはヴィパッサナーのことです。弟がネパールと日本で経験をし涙が出るほど感動するし、本当に素晴らしい、というふうにすすめてくれたので行ってきました。
一言で言うと、わたしも心から感動しました。10日前と後の自分の心の平静さの違いに驚くばかりです。この幸せ感、溢れるような愛情、とぎすまされた感覚。。

終って帰ってきてからの気分を例えるならば、外国に行って日本に帰ってきたときに感じる空間、時間の止まったような感覚。現実に身をおいているのだなー、と頭はわかっているのだけれど、今までいたところとあまりにも違っていて、自分の周りの空気と時間が違うスピードでまわっている。ラッシュアワーのホームで立ち止まるような、渋谷のスクランブル交差点で写真を撮ったら自分だけ止まって写っていた、そんなような感じです。
旅の後には、変に達観した、客観的な視点を持って普通に生活する人々を見ているのに、すぐに日常にブレンドしていく。いままではこうだったけれど、今回は日常に戻っても、「自分軸の時間を維持する術(ブッダのいう「生きる技」)を身につけつつあるから、完全にブレンドすることはもうないと思います。自転車に乗れるようになったら、乗れなくならないように。(でも、さびてしまうのは事実なので修行は続けます)

近いうちにもう一度行ってこようと思っています。今度は、ボランティアをさせてもらいながら。もしくはネパールかインドで。
弟が、「お父さんとお母さんにできる最大の恩返しはこのヴィパッサナーを経験してもらえるようにする事だと思う」と言っていたことを思い出しました。今は、彼の言葉の意味が良く分かります。あ、感動が少しは伝わったかなぁ。

そうそう、出発に、
>自分に忠実、とかっていうと
>自己中心的だなーと以前は思っていたのですが
>最近は少し考えが変わってきています

>自分に優しくできなければ、
>自分に愛情が溢れる感覚がわからなければ、
>自分に何でも出来ると信頼できなければ、
>自分を偏見なくそのまま受け入れることができなければ、
>どうしてそれが他の人にできるだろう?

と書きましたが、本当にそうだと思っています
まだまだ修行中だけれど、小さなことに動じなくなったり、愛情を持って物事を見つめる事ができるようになっています。執着とか嫌悪という感情・感覚に惑わされない(あまり)。どうにでもなると心から思うし、何もなくてもやっていけるような気がする。いい意味で、とてもテキトウ、とてもフリー。いままでもハッピー度は高い人だったけれど、さらにハッピー、わたしもあなたもハッピー、と。。まさにゴエンカ師のBE HAPPY、です。

投稿者 asaka : 2003年10月10日 23:50 | トラックバック
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