« 「ソラリス」 あなたの中の私の記憶は? | メイン | 「クジラの島の少女」 伝統と大地と家族のつながり »
August 2, 2004
また会う気の「またね」
高校時代に仲良しだった女の子の夢を見た そのことを朝の電車の中で中学から仲良しで夢に出てきた女の子とも仲良しだった友人に話した
彼女たちはお互いの家に行き来する仲だったのに、いつしか仲たがいして、私が驚くほどきっぱりと別れをつげてしまった 夢のことを話したのは間違いだったみたいで久しぶりに「険悪な雰囲気」というものを感じてしまった 今でも怒っているのだろうか? そんなに怒るようなことってなんだったのだろう?
それで、そのときは、険悪なムードになっているのは彼女が意固地だからだと思ったけれど、思えば言い出した私の責任だったのだろう もっと正直になると、夢の前にみたもうひとつの夢が私を恐怖に落としこんでいたから、ネガティブな雰囲気を私が生み出したのだろう もうひとつの恐怖、はなんだったのか?曖昧なままでなんとなく心に忍び込んできたものに、形を与えたのがmonoblogのblogだった
彼はいままでとかげのしっぽみたいなつながりを人と持っていたけれど、少しずつ粘ることを学んでいると言う 私はいつも粘ってきたと思う でも、生き残るためにとかげのしっぽのような感覚を身に付けないといけないのだろうか、と昨日の満月を見ながら思っていたところ あと少ししたら私にはとっても大きな変化が訪れる 喜ぶべき別れなのに、悲しい 勝手に悲しい 「切るほうはまだいいが、切られるほうはたまらない」が勝手に胸をしめつける きられていないのにきられてしまったみたいに痛い いっそのこと持っているものを全部を自分できってしまえば、予想外の痛さはなくなるのかもしれない、なんてとっても臆病で悲しいことを考えながら眠ってしまったから、今朝の私はグレーなオーラを持っていたのだと思う
形がわからないものはこわい でも、何が自分をこわがらせているのかがわかったら少し楽になった monoblogに感謝
二度と会えない人に「またね」というのは残酷だ、と彼は言う 私もそう思う だから、わたしも「またね」はいつも少しばかりの希望を残して言いつづけたい 秋には笑ってそう言えるようになりたい お互い「またね」はないことわかっているけれど言えると思う
投稿者 asaka : August 2, 2004 12:06 PM
Trackback Pings
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.goodpic.com/mt/mt-tb.cgi/38
コメント
コメントしてください
英語だけのコメントは、スパムフィルターではじいてしまうので、日本語でのコメントをお願いします。
名前などを保存しますか?