作家、作品、自分の距離・・・マティス展で考える
20世紀を代表する画家としてその名を広く知られるアンリ・マティスは、絵画表現の新たな可能性を開いた革新者としてその名声を高めてきました。長い熟考慮と試行錯誤による彼の作品を一同に見ることのできる展覧会が国立西洋美術館で始まりました。
主任研官の田中正之氏が国立西洋美術館ニュースに書いています。
絵とはどのように生まれてくるのか。この決して簡単には答えることのできない問題と、マティスは真剣に取り組んだ画家であると言ってもいいのかもしれません。絵とは、あらかじめ画家の頭や心のなかにあった構想(意図あるいは意識)が、単純に絵に翻訳されたものではありません。画家と描かれる対象との対話、あるいは画家と作品との対話など、実際の作品という行為のなかで、ときに画家自身の意識をも超えて生まれてくるのです。描かれている最中に刻々とその表情を変えていく作品は、そのつど画家に問題を投げかけ、画家を試そうとするのだとも言えます。このようなある種の葛藤のもとに生まれる作品は、最終的にたった一つの帰結を持つものとは限りません。主題は様々に変奏され、いくつものヴァリエーションを生む可能性をはらんでいるのです。実際、マティスは、同じ主題をまったく異なる表現(より写実的であったり、より抽象的であったり)によってあらわした作品を数多く残しています。
作品を前に、どのような姿勢でいようかと思うことがあります。作品は、作家とどのような距離を持つものだろうかと考えることがあります。手元を離れたらば作家には何の責任もないと言ったのは誰だったか忘れてしまいましたが、どうしてある時期のマティスにひかれたり、20代のピカソが好きだったりするのかを考えるとき、田中氏の言葉はヒントを与えてくれるように思います。作家の問題意識と自分の問題意識が、意識していようといまいと一致するから、ひかれてやまないのでしょうね。だから、どちらかが違う領域に入ると二人の距離が変わる。これは、生きているコンテンポラリーアーティストだとわかりやすい。言葉で表現している作家の場合は、作家・作品と自分の距離が理解しやすいですよね。しゅるりと染み込んでいた作家の表現がつっかるようになると、少し違う道を行き始めたのかな、と。
大きくそれましたが、この展覧会は「ヴァリエーション」と「プロセス」という視点からマティスの作品を解き明かすことを試みているそうです。同じ主題を異なる様式や技法で描き分けた作品や、制作途上を記録した写真とその完成作が展示されるようです。楽しみな展覧会がまた一つ始まりました。
マティス展 会期: 2004年9月10日(金)~12月12日(日)
会場: 国立西洋美術館(東京・上野公園)

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