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December 26, 2004

写真だけじゃない 空間がひとつのアートだ 「ティルマンス展」

 高さ6m、長さ30mくらいのギャラリー入り口に立つ。壁にかかる大小さまざまの写真とともに、写真と向き合う人の姿が目に入る。オペラシアターのギャラリー2は、空間自体がひとつの作品だ。そこにいる人と空気がひとつの生を生んでいる。それは、写真をただ並べてるのではなく、写真家ティルマンス自身がインスタレーションを行っているためだろう。
 ドイツに生まれ、ロンドンを拠点に活躍するウォルフガング・ティルマンスは、1990年初期の若者の姿をストレートに映し出した作品が注目され、ヨーロッパのみならず日本でもユース・カルチャーの代弁者として人気を博している。2000年のターナー賞(英国最高の美術賞)を受賞後、ヨーロッパでは何度か個展を成功させているが、日本では個展ははじめて。約200点の写真作品と、日本初公開の映像作品が展示されている。 ≫ウォルフガング・ティルマンス展 
 「過去も現在もどんな人間も物事もこの世に等しく存在しており、それらの価値は、作品を見る我々が、それに何を投影するかによって見出される」とするティルマンスの思想。彼の作品を目にし、日常に戻ったときに身の回りにある些細な美を再発見するときに改めてティルマンスの思想がはたと思い出される。
 
 写真はむかしから好きだけれど、何という言葉で説明していいのか難しい。あえていうならば、あの作品も展示もティルマンスそのものなのだ。私にも撮れるという気がしてしまうかもしれないけれど、同じものを前にしたら違う写真が出てくるだろう、その実、ティルマンスそのものが凝縮された作品群なのだ。小沢剛の世界に通ずるものがあるように思う。ほとんどの作品の主題(見える主題)は、目にしたことがあるもの。たとえば、りんごとか海とか空とか町。でも、その瞬間の美を見出し、切り取り、プレゼンテーションする目はティルマンスだけのもの。携帯カメラやデジカメが身近になり誰でも写真を撮れる今だからこそ、そこに存在する切り取り、プレゼントする(ここが大切だと思う)才能の違いは際立つ。
 ところで、一緒に見に行ったひさと話していて気がついたのだけれど、私は写真を語る言葉をあまり持っていない。インスタレーションや絵画的な意味での読み取り方、表現(評)はできるけれど、写真のリテラシーが少ないのだ。実は、ティルマンスは、私が目指しているアートスクールの卒業生だ。写真専攻の予定ではないけれど、少しは実習にあるのでリテラシーがあがるだろうか。
 リテラシーで思い出したのが、今年のクリスマスブックのひとつである「アート・リテラシー入門」。自分の言葉でアートを語るためのプラクティカシリーズの1号だ。今朝、ラッピングをほどいたばかりなので、これから読むのが楽しみな一冊だが、アートを読み取る方法をしりたい方にお勧めできることは、編者の想いを知るだけに請合える。関心ある方は、ぜひ!
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アート・リテラシー入門―自分の言葉でアートを語る
フィルムアート社 プラクティカネットワーク

practica〈2〉アート×セラピー潮流 現代美術を知るクリティカル・ワーズ クリエイティヴ脚本術―神話学・心理学的アプローチによる物語創作のメソッド

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