October 2005 Archives

フェデリコ・エレーロ展、オープニングイベントがおもしろそう!

ワタリウム美術館からのメールニュースで「フェデリコ・エレーロ」という名前を目にしたとき、何かがピンときた。あれ、何でしってるんだっけな。そういえば、去年MAMにいてアートエントリーを(きちんと)書いていた頃に、気になったアーティストとして紹介したんだっけ。

昨年のレビューをちょっと借りて…

何を表しているのだろう?と
頭をひねらずにはいられない彼のキャンバスの上には、
色がそこら中にスプラッターされている
ちょっと怖くなるような、でも、その色彩のバランスには興味を持ってしまう
私はどうしても同系色とか安心する組み合わせの発想を持っているので、
勇気あるコンビネーションにドキドキします(不安や驚き、ワクワクを含めて)

まだまだ未知の南米アーティストの作品展とあって
これはぜひ足を運びたいな、と思っています

去年は、AIT+ギャラリー小柳で初個展を開催し、今年はワタリウム。2004年1月末からAITのレジデンスプログラムで日本に滞在していたから、そのころの作品もあるのかな?

フェデリコ・エレーロ展
2005年10月29日(sat)−2006年2月26(sun)
ワタリウム美術館
11:00〜19:00 ★毎週水曜日は21:00まで延長
休館日:月曜日ほか

■オープニング・イベント/アーティスト・トーク →これがおもしろそう!!
コスタリカから来日中のフェデリコ・エレーロが本展のプロジェクトを中心に、
ペインティングの新しい役割について語ります。
10月28日(金)18:00-19:00 「架空の広告」
10月29日(土)18:00-19:00 「ペインティングの未来」
出演:フェデリコ・エレーロ
会場:ワタリウム美術館 2F
参加費:各1500円(ワン・ドリンク付) (要予約)
お申し込みはこちら→official@watarium.co.jp


レインボーブレスレットづくり

”インラケチ”とは、「わたしは、もうひとりのあなた」という意味で、メキシコの先住民族マヤ族に伝わる言葉・教えです。私は、今日初めて耳にしたインラケチ。それを日本中に広めようとしている方がたかしさんです。「わたしは、もうひとりのあなた」を本当の意味で理解したならば、ムダな争いはなくなるはず。そんな思いから、たかしさんは、このメッセージを伝えながら、インラケチの仲間の証として、ヘンプ(麻)でレインボーブレスを創り、自分で身につけるだけでなく、プレゼントしたり、その作り方を教えているのです。開始してからまだ1年たっていないけれど、700本以上は誰かの手に渡っているそう!

「"インラケチ"と"レインボーブレスー虹の和"で、人の輪(和)を日本にかけましょう!」というMAMIさんの呼びかけで、今日、このレインボーブレスを教わりました。逗子の美しい海を見ながら、気持ちの良い雰囲気でブレス作り。マヤ暦の話をしたり、穏やかな雰囲気のみなさんとお会いできて楽しかったです。次回の葉山芸術祭でレインボーブレス作りのワークショップを行おうという案があるのだそう。私も芸術祭でお手伝いしたいと思っているので、興味ある方は参加してくださいね!

そして、湘南ピープル向けinfo。ヘンプの材料は「麻心(まごころ)」というお店で売っています。鎌倉を背にして、由比ヶ浜のソーセジのお店 腸詰屋さん、ドイツ料理 Sea Castleを過ぎてすぐ右側にあるお店の2階にあります!

angel0.jpg
青色の芯糸に、虹色のヘンプ糸を結んでつくっていくブレス。
ちゃんと完成しましたよ!

"Music needs to be difficult. "- Keith Jarret

Music needs to be difficult. ー音楽は難解である必要があるのだー

10月14日 Keith Jarret日本ソロ公演初日 東京芸術劇場
目の前で拡がるKeith Jarretの音楽は、瞑想を思い出させた。

人は、気がつくと過去と未来を行き来している。「今」という瞬間を本当に意識することは至難の業だと体感したのは、2度目のヴィパッサナー瞑想のときだ。今しかないのに、人は、過去や未来をさまよっている。

心地良い感覚にひたると、過去や未来の心地よさにとんでいく。例えば、なじみのある音楽とふれると、親しみのある音につれられて過去の心地よい思い出や、未来への希望・夢・想像の世界にいく。でも、Keithの音楽は、心地よさにつれられるのではなく、おそろしいほどに求められる集中力に耐えられなかったときに、過去や未来に"落ちる"感じがする。

難解な音の連続、次に何が起きるのか予想がつかない即興音楽。知らない曲というレベルではなく、親しみがまったくない音たち。どんな音がくり出されるのかわからない。わからないというのは、わくわくすることだけれど、同時につらいことだ。向き合うためには、とてつもない集中力がもとめられる。
私は、Passive(受動的)なオーディエンスとして立体や平面、空間芸術と接することは滅多にない。音楽も全身で向き合うことを意識している。でも、開演後にその予測不可能な世界についていく集中力をすぐさま用意できずにそこに座っていたら、過去にストンと落ちてしまった。音が連れて行ってくれる過去ではなく、音と向きあうことから逃げて入り込む過去。目に見える(耳に聞こえる)形で生まれる現実と自分から発生する過去のはざまにはまる久しぶりの体験。それは、瞑想しているときに、はまる過去ととても似ていることにハッと気がつき、気がついたらちゃんと今へと意識を持ってくることができた。そしたら、会場は、すごいことになっていたのだ。「今」がその場にどんどんと創られている。耳から始まる感覚機能が全部、「今」「今」を意識している。息をするのも容易ではないくらいの密度の濃さがそこには存在していた。「今」がどんどんと生み出される。圧倒的な創造の場。

ひとつひとつの音を覚えていないけれど、音の余韻がすごい。息をつかずに聴いていると、聴衆のだれかがフライングの拍手をして空間を壊してしまった。Keithが頭をかかえ、客席に向かってこう言った。"What was that sound? Soft note, large sound?! " (今の音はなんだい?柔らかい(ピアノの)音に、大きな(観客席からの)音?!」 そして続ける。「どんどんと西欧化しないで。日本らしさを忘れないで」と。日本では、30年間で150回以上の公演を行っているKeithは、習慣をとても大切にする人だそうだ。自分の音楽を真摯に受け止めようとする日本の観客の姿勢や伝統的な部分が好きで、日本のコンサートは特別と公言している。でも、観客席から受けるエネルギーの変化を感じているのだろうか。Keithはこう続けた。"Music needs to be difficult. The world deserves it.(中略) I am doing all that I can. I can't do your work for you." ー 音楽は、難解であるべきなんだ。世界は、それを必要としている。… 私は出来る限りのことをしている。でも、あなた方が関わる部分(音楽を受け止めること)を代わりにしてあげることはできないんだ。

私は他の人のことはわからない、他の人のことを言えない。でも、音楽だけではなく、色々なものに対して、わかりやすさ、正しさ、きれいさ、やさしさ…確実なものを求めていないだろうかとふと思った。すごくスクエアだった頃と比較すると、今の私は、不確実で、ゆがんでいて、暗くて、不味くて、美しくなくて、暗いものに潜む光・力に魅了されている。それでも、秋の訪れとともにざわざわと揺れていた私は、難解への抵抗・逃避をしていたのかもしれない。Keithの意図とは違う受け方かもしれないけれど、おもしろい気づきだった。

追加公演が金曜日にある。初日と最終日はどう違うのだろう。不確実を楽しみに出来る私は、どう受け止めるだろう。楽しみだ。

B00008KJU5ザ・ケルン・コンサート
キース・ジャレット

The Melody At Night, With You マイ・ソング ソロ・コンサート スタンダーズ Vol.1 スタンダーズ Vol.2

by G-Tools


フラミンゴの湖−ピンクと白が視界に拡がる

タンザニアを訪れた2月から3月は、雨季を迎える手前。乾燥が続き、動物や植物にとってもっとも厳しい季節。今回の旅行中に雨季は重ならないと予想していたけれど、何年に一度かの早い雨の訪れがあった。恐ろしく晴れる日もあれば、この日のように重い雲がたれこめる日もある。すばやく動く雲と勝負するように走り、たどり着いたのはフラミンゴの湖。アルカリ性の微生物を食べるピンクのフラミンゴと、白いフラミンゴ、大きな口のペリカンがたくさん。柔らかなピンクを写真に収められなくて残念!
flamingo1.jpg

雨の日の境界線のこと、紅茶そして金木犀

秋の朝が好きだ。眠い目をこすりながらベランダを開けると、ピリリとした空気が身をつつむ。暖かい身体と冷たい空気の混ざるところが好きだ。

このところ、秋雨前線の影響か雨が続いている。雨の日には、世界が自分のものになったような気がするのは私だけだろうか。駅までの道も電車の中も、ソリチュードが続いている。小さな頃から不思議に思ってきたのだが、雨が降ると境界線がはっきりするのだろうか。人と人の領域が守られる感じがする。心地いい。

雨の日は、朝からワクワクする。早めに起きて、紅茶をいれる。ちゃんといれるから、それはそれは時間がかかる。雨の日は、リビングで飲んだりしない。しゅんしゅんと沸かせたやかんの音を聞きながらキッチンで飲む。父が良くしていたように。あの頃は変な習慣だと思っていたけれど、不思議なことが似るものだ。父の大好きだった椅子や本、オレンジの変な時計が懐かしい。

ゆっくりしすぎた。遅刻だ。でも、あわててもたいして早く着かないだろうと開き直るこの頃の私。庭に出たら、あっという間に甘い香りにつつまれた。金木犀。庭師が変わったら、一本が初めて花をつけた。家族に愛でられることなく切られてしまうこの木の運命。引っ越す前に、庭の木々と話をしなくては。こういうことも雨の日の方がすんなりできるから、連休に降ればいい。

金木犀をまとって、駅までの道を行く。
雨の日は、植物の香りも際だつから好きだ。


金木犀 [キンモクセイ] 
モクセイ科の常緑小高木。中国原産の観葉植物で、古くから庭木とされる。高さは約三メートル。葉は狭い長楕円形で、皮質で堅い。雄雌異株。日本のものはすべて雄株で結実しない。秋、橙黄色で芳香の強い小花多数を開く。漢名、丹桂。

キンモクセイが歯にしみる」は、香るたびに思い出すフレーズ。雨の日が似合う、かわいらしい小説。この本のなかで、いま好きなのは、この話かなと思う。

放課後の音符(キイノート)
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