言葉が生まれる空間ー杉本博司:時間の終わり


MAMのヒサコから「杉本展はすごくいい。今までのなかで一番好きかもしれない」と連絡をもらったのは、秋のこと。「説明を聞いた方がぜったいにいいからいつでもおいで!」と言ってくれていたのに、重い腰をあげたのは昨日のこと。終了3日前ときいたら、さすがにいかなくっちゃ!と思ったのだ。

この展覧会、「杉本博司:時間の終わり」は、世界的に有名な写真家、杉本博司の1970年から2005年までの代表作品が一堂に会する回顧展。構成にも杉本博司が関わっているという意味では、この展覧会自体が杉本の作品といえる。確かに、「概念の形」が並ぶ空間、「海景」の闇と光、「影の色」の光と空間… 何とも表現しがたい形で完成された作品としての空間を感じる。

直島で「海景」をいつも見ていたけれど、今回は、その3倍くらい大きな作品を目にした。暗い中、浮かぶ海。きれい。「同じ景色を、古代の人が見た視点で、現代の私たちが見ることはできるだろうか」という杉本の自問自答私も考えたことはあるけれど、海をとり続けてきた彼はどういう答えを持っているだろう。私は、海の側に住んでから、毎日海を見ている。今日の海は、限りなく杉本が撮る海を思わせる海だった。2000年前、海はどう見えたのだろう。美は、同じ美に見いだされていたのだろうか。美という概念は、何に存在していたのだろう。朝一番の、ぼーとした頭にこの疑問が浮かんだのは、杉本作品を見てから眠ったからだろう。

私もMAMにいて、ギャラリーにはもちろんよく行っていた(オフィスは違う階にあるけれど。)空間として大好きで、肌にあっていたのだけれど、久しぶりに訪れたらその理由がちょっとつかめた。MAMは饒舌にさせる空間なのだ。言葉が自分のなかに生まれる場。贅沢なつくりで(これは、展示する側として)、自由に動かせる広さや柔軟な空間が、話すゆとりを生んでいるような気がする。うーん、うまく言えないけれど、今回の展覧会はかなり会話をさせてくれるものになっていたなぁ。言葉にするのが難しいけれど、よかった。みなさんは、どう感じるだろう?聞きたいな。

三十三間堂を自然光で撮った作品、ポートレートシリーズ(これがすごくおもしろかった、どうして手が大きいのだろう?)、ジオラマ(ネアンデルタール人の服が暖かそう)、20世紀の代表的な建築を無限大の倍の焦点で撮影した建築シリーズに、映画1本分の長時間露光による劇場シリーズ。もちろん、海景シリーズ。完成された美と称される杉本博司の作品、そして、空間の繊細な美を楽しんでください!そうそう、昼間に訪れると自然光を取り込んだ部屋で作品を見ることもできるそう!コンサベーションの方が、写真が日焼けしちゃうことが心配で…と話していたけれど、そういうことにこだわらずに、自然光をとりこむ空間を杉本さんはつくりたかったのだそう。そんな仕組みがMAMにあったのね!

杉本博司:時間の終わり
森美術館(東京・六本木)
-1月9日(祝)まで!

いとうせいこうさんの先見日記でもおすすめ!

3 Comments

Post a Comment