June 2008 Archives
June 27, 2008
Malta 3:奇跡の教会-St.Mary's at Mosta
「マルタ 2: ビーチとパーティーの街 Sliema」から続く
最初のエントリーにも書いたけれど、マルタ島にはカトリック教が深く根付いている。98%がカトリック教徒だといわれている。現に島中を案内してくれた運転手さんは敬虔なカトリック教徒で「マリア様のご加護を」から「親の大切さ」から「マルタの教会の素晴らしさ」から色々と説かれた。
365つ教会があるそうだが、島のほぼ中心にそびえるMosta(モスタ)の町のSt.Mary'sは、ローマとロンドンの教会に続き、ヨーロッパで3番目に大きなドームを持つ。1833年から建設がはじまり、それは島民の仕事の合間をぬったボランティアで進められたため何十年もかかって19世紀末にやっと今の姿になったそうだ。
そのドームに穴をあけたものがある。1,000人以上が祈りを捧げている最中のこと、1942年4月9日16:40に450kgもの大きさの爆弾がドームに直撃し、壁に2回あたりながら床に落ちたそうだ。教会の外にも2つ落ちたがいずれも爆発せず、教会の中に飾られている。このマリア様のおとりなしによるこの奇跡は大切に語られ、マリア様の前でお礼やお祈りを懸命に捧げる姿が見られた。カトリックは私のプロテスタントとは違うので、教会を見ても人を見ても違いが見えて興味深い。
Mostaの町を後にして、向ったのは島の工芸品を作っている場所です。お楽しみに!(ね、今回はまじめにupしているでしょ;-) 写真の説明は、クリックすると左下に表示されます。
熱とグリーンピーススタッフの逮捕のこと
久しぶりに熱が出た。で、ベッドでゆっくりと寝ているときに先週から考えているグリーンピーススタッフ逮捕についてまたちょっと考えてみた。
グリーンピースのスタッフたちを直接知っているから、彼らがわけのわからないエキストリームな人たちだとは思えない。違法行為が認められるとはいわないが、それは彼ら自身が認めているところ。でも、一部のメディアが窃盗などの強い表現を使用したり「やりすぎ」と批判していたり、10日間も拘束されることなのだろうか。何よりも私が気になったのはNPOやNGO関係者ではない友人が「あぁ、グリーンピースはもう...」と言ったこと。
「だからNGOは...」「グリーンピースっぽいよねぇ」というフレーズに直結してしまうのはこわくない? まだわかっていないことがある。それなのに「やりすぎ」という冷たい目で見てしまうことはこわいし、うーん、ちょっと腹が立つ。何が「NGOっぽい」「グリーンピースっぽい」のだろう?誰の言葉で動いているのだろう?
私自身は捕鯨に賛成ではない。殺すのが良くないと単純化しているのではない。何のための捕鯨かを十分に知らないけれど、別の生命体を人間が調整していることに違和感がある。でも日本とクジラのつながりの歴史的な部分だって十分に知らないから、残念ながらまだ自分の意見をきちんと言えない。だから、少し前に借りた星川さんの本をちゃんと読みつついくつかのソースをあたろうと思っている。
で...今回のグリーンピースのスタッフ逮捕についても同じ姿勢がいるのだと思っている。わからないことに対して、メディアが言っていることを鵜呑みにしていいのかって思う。だから、情報を追っていたいと思う。自分がしっかりとわかっていない時に何かを書いていいのかどうか少し迷ったけれど、私はわからないことを認めたうえで、はっきりと自分の意見がない人には誰かの意見を自分の意見だと思い込んでほしくないと感じたので反対側の情報も見ようよーと書いてみた。
ちなみに、スタッフ解放の国際的なオンライン署名が行われています。私は署名をしました。他のニュースソースや意見があったら教えてくださいね。
色々いま読んでいるもの
◆ 「で、ホントのところはどーなのよ、今の日本の捕鯨って」 [LINK]
◆「JanJan的・捕鯨問題ウォッチ the Whale Meat Scandal」[http://www.news.janjan.jp/living/0806/0806200138/1.php]
◆ 「グリーンピーススタッフ2名が逮捕された件についてまとめ、考えてみた」(greenz.jp) [LINK]
◆「「殺しただけで調査せずに捨てることもあった」不正な調査捕鯨」(マエキタさんのブログ)[LINK]
◆「Tokyo Two - Greenpeace activists bullied by state」(People Treeサフィアさんのブログ)[LINK]
◆「伝統と文化の緻密な再検証・『捕鯨問題の歴史社会学』を読んで」[LINK]
![]() | 日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか (幻冬舎新書 ほ 1-1) 星川 淳 幻冬舎 2007-03 by G-Tools |
June 25, 2008
マルタ 2: ビーチとパーティーの街 Sliema
『マルタ 1:マルタ島のこと』から続く
マルタに何で行ったのかを書き忘れた。仕事だ。いったい何の仕事かというと、写真に関係している。とても身近な人のお手伝いだったので仕事とはいえ随分と気楽について行ってしまった。
毎年、ヨーロッパの主要都市で開催される国際的な会議があって、それが今年はマルタになったらしい。「何でマルタなんだろうね」と誰もが言っていた。多分、ドイツベースの協会が主催したからだろう。ドイツ人にもマルタ好きが多いのだそう。
泊まったところはカンファレンス会場の近く、Sliema(スリーマ)にあるホテル。窓から見える海があまりにもきれいでびっくりした。ビーチは小さい、でも、みんな楽しそうにしていた。ちょっとまじめな服装で歩いている私は、浮いていたと思う。翌日から、カジュアルダウンした。のんびりした国で開催されると全体的に穏やかでいいなぁ。仕事が終わっても何時間も明るくて夜を長く楽しめるのもいい。地元で作られているワインがすごくおいしくて毎日たっぷり楽しんだ。暑い国できりりとドライな白が楽しめると幸せ。
マルタ 1:マルタ島のこと
『旅のはじまりは、ロンドン』からつづく
ロンドンから約3時間、飛行機は晴天のマルタに到着した。マルタは、シチリアより南にある小さな島で、独立した共和国だ。マルタ語の他、英語が公用語。
地中海の要所にあるマルタは、地中海貿易で栄えた後、870年にスラム帝国に支配された。言葉や地名にアラビックの影響が見られるのはこの頃の名残だと思っていたが、紀元前1000年頃のレバノン一帯を収めていたフェニキア支配の影響だと知った。
その後、12世紀にはノルマン人が入ってくる。16世紀にはヨーロッパから聖ヨハネ騎士団(後のマルタ騎士団)が入ってくる。その後はオスマントルコの攻撃にも耐え、マルタにカトリックの影響が深く残る。近年にはナポレオンに支配され、その没後から1964年の独立までイギリス領となる。
第二次大戦中は、とにかくひどい空爆にあったらしい。各地に「戦争の壁」(Wall of war)というものがあった。空爆で壊れた家の石を使った塀や壁をそう呼んでいるのだ。陥落せずに持ち堪えた国民の努力に対して、英国のジョージ6世が「ジョージ十字勲章」を全国民にあげたという話を出発前に聞いていた。マルタの年配の方は、戦争のこと、イギリス時代の良いこと悪いこと...色々と記憶にとどめていた。この土地には、歴史がつながっている感じがする。どこにも歴史はあるけれど、綿々とつながっているものが体感できる、そんな土地だ。
マルタは、ちなみに、イギリス人にはとても人気のある島だ。エリザベス女王が即位前に、フィリップ王子と新婚生活の数ヶ月を過ごしている。女王たちが住んでいたピンク色の家を車の中から見た。結婚60周年にあたる2007年にもエリザベス女王はマルタを訪れている。
☆写真をクリックすると左下にキャプションが表示されます。
June 24, 2008
旅のはじまりは、ロンドン
3週間弱の旅から帰ってきた。実は仕事だったのだけれど、初めての場所を訪れたり、なかなか会うことのできない人との出会いがたくさんあったり、とても良い経験をさせていただきました。
エントリーを書き終わらないうちに(書き始めないうちに)時間が経って、そのまま...になってしまうクセを自覚して、今回は写真を中心にコンパクトにまとめてみます。まずはロンドンから。
写真の説明:写真をクリックすると表示される左下のキャプションをご覧ください。
ロンドンで2泊。ふたつの大好きな美術館を訪問。以前、美術館に勤めていたので他の美術館のオフィスの様子はとても興味深かった。歴史的な建造物のなかで仕事ができるのはうらやましいなぁ。その場のエネルギーが自分にも仕事にも確実に流れ込んでくると思う。
June 22, 2008
夏至の夜に、踊る
母がアートセラピストとして研修を行っているステーツファームで恒例のBarn dancingが行われた。フィドルや笛を持った人が何人もいる本物のバンドがいて、納屋(Barn)の床をドンドン踏みながらみんなで踊った。
ステーツファームは、キャンプヒルの一部。キャンプヒルは、シュタイナーの人智学に基づいて設立された障害のある人と健常者が共に住むコミュニティー。ここには障害者の学校(シーリングスクール)や、そこを卒業した人たちが生活をする場もある。例えばバイオダイナミック農業を行いながら共同体で暮らすのがステーツファーム、近くには手工芸やパンを作っているランタンもある。
私もシュタイナースクールに通っていた頃、父が日本にしばらく戻っている間に母と弟と3人でシーリングの森の中の家に住んでいたことがある。うまく言葉にはできないけれど、とにかく優しい雰囲気が一帯を包んでいたことを覚えている。
今日は、いつになく色々な人がいた。みんな、嬉しそうで楽しそうで、優しくて、気持ちがあたたかくなる空間だった。子どもたちが走り回ったり、その日に生まれた子豚たちをみんなで見たり、ごはんをおいしく食べたり、おしゃべりしたり...。私は、シュタイナースクールの担任の先生と10年ぶりに会えたし、同級生や弟のクラスメートも何人もいた。本当に本当に嬉しかった。
その間もずっと音楽は陽気に流れ、軽やかに踊る姿がたくさん。いい夜だった。
こういう空間や時間の感覚、あたたかな距離感がやはり好き。それを忘れちゃいけない。
(写真をクリックすると大きくなります、ちょっとですけれど。)






































