February 27, 2009
誰かが死ぬこと
大切な人が亡くなりました。ゆっくりと時間を共有することができなかったけれど身近だった人、叔父のように生まれたときからかわいがってくれた弟の後見人の家族、そして、昔亡くなった祖父と同じくらいの歳だった両親の友人。昨年、きちんと時間をともにすることができてホッとしています。同時に、さよならの覚悟をもって会いに来てくれたことを思い出すのです。どのくらい時を大切にしてきたのか自分への問いがつづくのです。
はかないと思う。さっきまで生きていて、いまはいない。でもいないというわけではなくて、どこかにいて、やはり一緒に過ごした時間がたくさんあるからいないわけではなくて、でも触れられなくてもう冗談も、ギュッとハグされることも、きちんと挨拶することもない。しばらく前から悲しい気持ちが私に充ち満ちてバランスを崩す瞬間が何度も襲ってきます。顔を思い出し、声を思い出し、道や電車や机の前で涙がジッと出て喉がギュッとしまって、呼吸ができないような気持ちになります。でも、空を見て、足下に土があることを確認して、前を向こうと思うのです。ちゃんと生きることを、誰かが死ぬとまた思い出したりします。楽しく、のびやかに、幸せに生きてこそなんぼだと思ったりします。
後悔だけはしたくない、と思う。
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お葬式に行ってきました。クライストチャーチ聖堂にあふれるほどの参列者が生前のお人柄を物語っていました。パイプオルガンとHymnの美しい音楽に彩られ、厳かな中にも温かなお式で、悲しみにあっても両脇から二人の息子さんがしっかりと支えていらっしゃるお姿に少しほっとしました。セレモニーを大切にされていた故人、空の上でにっこりとされておられることだろう、と思いました。
立派な式だったみたいね。悲しいけれど、ちゃんと記憶に残る時間を共有できてよかったと思います。