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2004年01月13日

「水素エコノミー エネルギーウェブの時代」を読んで

「水素エコノミー エネルギーウェブの時代(ジェレミー・レフキン著)」は、科学、技術、統計、政治、様々なフィールドに渡る膨大な量のリサーチが集約した、そう遠くない未来への提言といえる。20世紀の飛躍的な経済発展の原動力となった、化石燃料に基づく集約的なエネルギー・インフラストラクチャーを詳細に分析した上で、化石燃料生産のピークを迎えつつある今日、次の一手としてどのような発展が考えられるのか?エネルギーの生産・流通・消費における脱中央集権化、自立・分散・協調するエネルギー・ウェブの構築をリフキン氏は提案している。
都市に電気の光が届かない場所が存在しないように、現代社会はエネルギー消費と表裏一体化している。一方で現代社会がエネルギーの源としている化石燃料は、地球上の特定の地域に偏在しており、”地政学的なリスク”という言葉がメディアに取り上げられない日は無い。湾岸戦争から同時多発テロ、イラク戦争へと続くパラノイアックな政治ゲームの渦中にある米国から、しかしながらこのような書籍が出版されたことは、技術革新による(一国だけでなく、地球規模での)より豊かな社会の実現にむけた希望と感じることもできる。
引用文献のリストだけでも22ページに及ぶ本書を読み解くには非常に時間がかかった。一方で豊富な情報量によって、この本は技術、経済、政治、社会のどの分野からでも一考に値する切り口となるのではないだろうか。自分の場合は、環境技術とインターネットを初めとするIT情報技術への興味という観点から、本書の一部を切り出しつつ、太陽・風力などの自然エネルギー、水素・燃料電池発電、さらに自立・分散・協調化を進めるインターネット関連技術の最新のニュース、リリースと照らし合わせながら整理してみたのが以下の8本の記事である。

- 熱力学から考える、人間と経済のエネルギー消費
- 食卓の食べ物は、石油の匂い。近代農業のエネルギー効率と都市
- 水素エコノミーは「脱炭素化」という技術発展の最終目標
- 自然エネルギーの貯蔵、流通インフラとしての水素
- 2005年には、家庭が燃料電池でエネルギーウェブにつながる
- 次世代エネルギー車の、柔軟で環境適応するエネルギー制御システム
- 自律・分散・協調によるウェブ化。脱中央集権を超えた予測不可能な変化
- 自動車と住居は、WEBサービスでエネルギーを相互流通させる

読み終えて感じるのは、リフキン氏の提示する、水素を媒介とした新しい分散型のエネルギーシステムへの移行は、もはや時間の問題というだけでなく、経済、社会にとって予測不可能な、より広範囲にわたる変革をもたらすことは間違いないだろうということだ。
リフキン氏が述べているのは、単なる環境保護ではなく、技術革新によるエネルギー効率の最適化である。地球を一つの惑星として見た場合、宇宙とは太陽光を通じてエネルギーの交換はするが、物質のやり取りはないに等しい”閉じた系”であり、化石燃料は過去のある一定期間にプランクトンによって蓄積された太陽エネルギーの変化した姿でしかない。過去の貯金ともいえる化石燃料から取り出したエネルギーが、人間活動の中心になったのはたかだか過去100年のことであり、猛烈な勢いで燃焼される化石燃料は、現状においても地球人口の全員が先進国並みの消費をおこなうことは不可能だ。
であるならば、大規模な火力発電所に代表される、中央集権化されたエネルギーシステムのあり方を今一度見直し、現代の進んだテクノロジーを活用することで、部分最適化がひいては全体の効率改善につながるような、自立・分散・協調型の新しいエネルギーシステムに徐々に移行するべき、というレフキン氏の指摘である。分散型のシステムが持つ、効率化、スケーラビリティー、耐障害性は既にインターネットで証明されているのに加えて、オープンソース、Creative Commons、P2Pと予測し得なかった社会的インパクトのあるイノベーションが次々ともたらされている。ある意味では、新しいインフラ上での、このようなイノベーションこそが社会のありようを劇的に変えるのかもしれず、エネルギーウェブにおけるイノベーションはまだ未知数ではあるものの、その可能性を十分に感じさせてくれる書籍だった。

水素エコノミー―エネルギー・ウェブの時代
ジェレミー リフキン (著), Jeremy Rifkin (原著)
柴田 裕之 (翻訳)
価格: ¥2,100
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水素エコノミー(ジェレミー・レフキン著)
第1章「異なる世界観のはざまで」

残念ながら私たちは、個人や集団の安全に関して、いまだに化石燃料時代の考え方に捕らわれたままだ。石油時代には、人間一人ひとりの安心感は、エネルギーの流れと経済活動を管理する大規模制度の枠組みのもつ、組織の価値観を反映するようになった。自律と機動性が、個人の生活でも組織の営みでも、時代を代表する明白な社会的美徳となった。きたるべき水素エコノミーでは、人間同士の交流の密度とやりとりの速度とがあいまって、安心に対する新しい概念が生まれる。それは、数々の商業的・社会的・環境的ネットワークや世界的な相互依存に深く根差すものとなるだろう。そこでは個人の安心感と、地球上の多様な人間のコミュニティや動植物界、地質的環境の安泰が一体化する。私たちは自らを、地球という単一の有機体の一部とみなすようになるだろう。化石燃料時代に広く浸透して様々な不和や軋轢を生んだ地政学に基づく政治は、水素時代にはひとつの生物圏という認識に基づく新しい政治に取って代わられるだろう。
(中略)

第9章 ボトムアップによる新しいグローバル化

技術革新と量産効果で価格が下がるにつれ、燃料電池や周辺機器は今よりはるかに広く普及するだろう。トランジスターやラジオやコンピューター、携帯電話の場合と同じだ。最終的には、発展途上国の各地区・各村落に定置型の燃料電池が行き渡ることが望ましい。村落では、太陽光や風力、バイオマスといった再生可能資源を利用して自力で電力を生産し、その電力で水を電気分解して水素をつくり、蓄えておき、必要に応じて燃料電池に使用する。コストがかかりすぎるためにいまだに電線が引かれていない農村地帯では、独立型の燃料電池を使えば、すばやく低コストで発電ができる。リースや買取で十分な数の燃料電池が設置されれば、都市の各地区や村落間を結ぶ小規模電力網をつくり、それを拡張して大規模な電力網にする。分散型電源の普及がさらに進んだら、水素エネルギー・ウェブを組織的に構築して広げていく。大型の燃料電池には、不純物の無い飲料水が製造できるという余禄がついてくる。
(中略)
世界中のすべての人々、すべての地域社会が、自らの使う電力を自力で生産できれば、パワーの構図は劇的に変化する。もはやトップダウンではなく、ボトムアップになるのだ。各地域の住民は、遠く離れた中央の権力者の意のままにならずにすむ。必要な商品やサービスの多くを自給自足し、自分たちが働いて得た成果を自分たちで使う。一方、コミュニケーションとエネルギーのウェブを介して世界ともつながっているので、独自の商業用技術や製品、サービスを世界中の地域社会と分かちあえる。こうした経済面での自給自足が出発点となって、地球規模の商業の場でお互いが対等に頼りあう未来が開ける。これは、地域の住民が外部の強大な力に服従し依存していた過去の植民地時代のものとは根本的にちがう経済体制だ。
各地域社会が自力で存続できる経済を確立すれば、たんに物質的に豊かになる以上の効果が期待できる。地域社会をエネルギーの面で自立させれば、人類の豊かな文化の多様性を保護することにもつながるのだ。経済の自給自足によって物質面での安定が得られれば、人々は社会としての団結意識を保ち、固有文化を保存することができる。また、コミュニケーションとエネルギーの地球規模のネットワークに接続しているため、地理的に孤立した地域につきものだった異国嫌いも解消される。新しい意味でのグローバルな視点で捉えれば、地域文化は守るべき所有物というより世界と分かちあう宝物となる。文化交流が再び盛んになり、人と人とがかかわりあう形として商品の交易に劣らぬ大きな影響力を発揮する。市場資本とともに社会的資本も発達し、政治権力は、商業や行政の領域ではなく文化の奥深くから生まれてくる。

Posted by jkanekomt at 2004年01月13日 00:12 | trackBack



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