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2004年01月17日

オープンソースの住宅建設と、フラーのダイマクシオン・ハウス

稼いだお金を、一生のうちでなにに一番費やしているかを考えた場合、”住”に対して恐ろしいぐらいの金額を支払っているのに気づく。賃貸でも一般的に月給の4分の1程度、住宅ローンを組んだ日には、不良銀行も真っ青のバランスシートだ。しかしながら、実は住宅というモノにたいして、かなり少ない情報から意思決定をしているのではないだろうか。「2LDK,○○平米,駅から何分、コンビニ近し」あとはせいぜい間取り図。チラシの5センチ四方に収まるような情報に基づいて、生涯で何千万円も費やしている。
趣味の出費としてオーディオやCDを買っても、自宅に設置しなければ意味が無い。電気料金、ガス料金、水道料金、ネット接続料…月々の支払いの多くも住居というインフラに関連して課金されている。現代社会の消費行動として、何らかのかたちでエネルギーを物質に変換した”モノ”にたいして対価を支払っているわけで、住宅も、柱や壁や家具の形に固定化されたエネルギーと、その中で日々の生活として電気やガスといった直接的なエネルギーを消費しているともいえる。

そんな身近なエネルギー消費システムに対して、21世紀のテクノロジーはどのように取り組むべきなのか?具体的な問題提起は、実はすでに20世紀初頭、1920年代に、異色な発明家にして思想家、技術者でもあるバックミンスター・フラーによってなされている。フラーの名前は聞いたことがなくても、ジオデシック・ドームはどこかで見かけたことがあるのではないだろうか。フラーはこの有名なドーム以外にも4Dダイマクシオン・ハウス(「ダイマクシオン」=”動的(ダイナミック)な最大限(マキシマム)の張力(テンション)”からなる造語)、ライトフルハウスなどの新しい住宅のプロトタイプを作成している。これらのフラーのプロトタイプが、どのような思想に基づいて創られたのか、書籍「バックミンスター・フラーの世界(ジェイ・ボールドウィン著:梶川泰司 訳)」から読み解いてみたい。

後にバックミンスターフラーレンと名づけられた炭素分子が存在するように、物質の分子構造とも関連するジオデシック構造や、宇宙船地球号という有名な言葉に象徴される宇宙的思考まで、フラーのプロトタイプには包括的な思考を基盤としている。この包括的思考は別の機会にまとめてみたいと思いますが、新しい住居をプロトタイピングする際にも、”住宅”そのものの持つ構造、機能に対して、単なる形体・物質としてではなく、存在としての意味的な分析を見ることができます。
この分析手法こそが、100年近くの年月が流れ、実際の住環境、あるいは住宅を建設する際に利用できる素材、工法が劇的に変化したにもかかわらず、フラーの発想を色あせないものとしています。
ダイマクシオン・ハウスはアルミニウムを素材とした斬新な形状の住宅で、その外見的な目新しさは、今でも十分インパクトがあります。フラーが未来を予見していたのであれば、アルミニウムが一般化した現在において、ダイマクシオン・ハウスをそのまま実行に移すか、といえば必ずしもそうとは言えません。しかしながら、アルミニウム=当時の最先端のテクノロジーを、いかにして住居に導入するか、テクノロジーを実際に活用ための手法論として、フラーの思考法は現在でも応用可能なのです。当時、最先端のテクノロジーとして高価であったアルミニウムを利用するために、フラーは以下のようなアプローチをとります。

バックミンスター・フラーの世界
(ジェイ・ボールドウィン著:梶川泰司 訳)P-36~39

素材の使用量を削減するには三つの基本的な方法がある。第一に、デザインをより小型化することである。第二に、素材を最も効率的な形態で利用すること(すなわち、より少ないものでより多くを為すこと)である。第三に、単位体積あたりの表面積の最も小さな(故に最小限の素材で可能な)幾何学構造を利用することである。最近使われ始めた専門用語では、これを「物質を情報に置換する」と言う。フラーは、結果として生じる超物質化を「エフェメラリゼーション(短命化)」と呼んだ。より少ないもので多くを為す(do more with less)ということは、究極的には無によってすべてを為す(do everything with nothing)ことになるのかと学生が冗談めいてたずねた時、フラーは肯定した。純粋に超物質的(メタフィジックス)な状態に近づくほど、デザインは完全なものになる。エフェメラリーゼーションはデザインに付加するものではなく、自然の原理を応用した結果として自然に生じる現象である。それはすでにある環境に適応していく戦略というよりも、今いる環境をどの方向に選択するかだ。
(中略)
エフェメラリゼーション(短命化)はエネルギー消費にも当てはまる現象だった。フラーは4Dハウスを、そこに住む人々の日常生活を支えると共に、屋内外を行き来するエネルギーと物質と光の流れを制御する「弁」であると見なしていた。住宅を「弁」と見ることによって、シェルターをデザインする新しい方法論が生まれてくる。「住宅とはモニュメントではなく、生活に快適なサービスを供給する装置とみなすべきだ」とフラーは言った。この概念はあまり受け入れられそうに無かったが、車も服もそういった観点から見れば同じ装置である。現実的にどう暮らすか、どう暮らしたいかということとは、もはやまったく一致しない方法で住宅について考える習慣がすでに巧妙に刷り込まれてきたのである。

「物質を情報に置換する」、”超物質的(メタフィジックス)な状態”、という言葉を正確に理解するためには、フラーの難解なシナジェスティクス理論を理解する必要があるので、ちょっと荷が重いのですが、そのあとの、住居を”サービスを供給する装置”として定義していることを踏まえて、大雑把ではあるけれども「自然界における人間の”住む”という行為を最適にデザインすれば、これまでの習慣による物理的な建造物としての無駄を省いた、最も効率的なデザインとして(住)環境を構築することができる」と理解してもいいのでしょうか。
また、フラーの思考を受け継ぐ著者のボールドウィンは、住宅が接続されている、各種のインフラストラクチャー、ネットワークにも、フラーが目を向けていたことを指摘しています。自立型居住システムを目指したダイマクシオン・ハウスは、以下のような問題への取り組みでもあったのです。

バックミンスター・フラーの世界 P53-55

典型的な都市を構成するあらやる建造物の基礎部から大地を洗い流すとすると、各建造物の地下には、集中型公益サービスおよび他のターミナル(端末)と相互に連結されたパイプとワイヤーによって構成された複雑なネットワークが露になり、無数のターミナルのひとつであることがわかるだろう。
(中略)
それらは、費用のかかるシステムである。その設置と維持管理には、多額の補助金を税金から支給する必要がある。このシステムの建設費は、都市の地価が上がる大きな要因である。集中型公益サービスの供給にあてられる金額が巨大なこと自体に、政治権力の集中と汚職などの違法行為を誘発させる可能性が含まれている(政治活動のほとんどは比喩的な意味で、誰が「蛇口」に手を置くかに関わっている)。また、低価格入札による品質低下、老朽化、不安定な労働力、心無い破壊者、補修作業の延期、テロリストそして災害などにも、このシステムは無防備である。
(中略)
人間の生命維持のための活動で必要とされる物質とエネルギーを輸入と輸出の関係で分析することは有用である。典型的な住宅は、エネルギー(燃料、電気、そして太陽エネルギー)、情報、食料、新鮮な水と空気そしてあらゆる種類の製品を輸入する。そこは、物質とエネルギーの最終的な消費の場である。
(中略)
一方、輸出される物質(家庭からの廃棄物)は、暖められて湿気を含む汚れている空気や「中水道用水(浄化処理によって再利用可能な台所や浴室などからの排水)」、下「水(糞尿)」、そして分別された「ゴミ」である。人間の健康と生態系に関心を持つ人々は、再生的でありながら人間と生態系に害の無い望ましい方法でこのような廃棄物に慎重に対処するべきであると主張している。

ダイマクシオン・ハウスの斬新な外観と相まって、最も効率的なデザインを追及することについて、多様性が損なわれるのではないか、という批判もあったようです。これにたいするフラー、そしてボールドウィンの反論は、”システムのデザイン”と”単なる装飾的なデザイン”を明確に区別して、システムのモジュール化による経済的なメリットを強調するという、今日のIT的なシステム設計論を先取りしているようにも思えます。

バックミンスター・フラーの世界 P44-45

人々も標準化されたデザインを受け入れて利用する。例えば、自動車や本のデザインが本質的に同じであり、「ベストセラー」商品であることをたびたび広告で誇示していたとしても、人々がそれに異議を唱えることはない。住宅を例外にしなければならない理由はいったい何であろうか。ほとんどの人々が「住宅の個性」と呼んでいるものは、実際には表面的な装飾に過ぎない。住宅のいわゆる「個性」とは、実際には、他者が操作するイメージにいかに一致させるかである。
大量生産による加工精度と経済性から利益を得るには、同系のデザインによるダイマクシオン・ハウスがすべて本質的に同一の部品から構成されなくてはならない。適切にデザインされた精度の高い部品によって、正しい組み立て方法は一通りであるために、作業員は図面を必要としない。
フラーのデザインする住宅は居住者の個性を表現する。居住者は最も経済的で豊かな環境で養育され、熟考された新しい考え方を発展させることができる。演奏者と楽器が音楽を作り出すように、居住者とダイマクシオン・ハウスは相互に影響しあって新たな環境を作り出すだろう。ピアノが音楽を表現するように、ダイマクシオン・ハウスはそこに住む人々の要求とアイデアを表現するのだ。この住宅は居住者と共に、変化と進化を遂げることができる。住宅とは行動の場である。したがって、これから描く画用紙のように、住宅は恒久的な装飾や恣意的な様式からは開放されるべきである。

現代の状況を見渡してみれば、平均的な家庭(大人二人と子供二人)という実体のないマーケットに対して、広告的な意味合いとしての3LDKという表現のみが一人歩きした画一的な間取り、商品としての価格ラインナップをそろえるためだけに”豪華な内装”をうたった高級マンション、原価コストの見えない不透明な建築費や欠陥住宅など、フラーへの間違った批判が、ことごとく現実のものとなっている、きわめて逆説的、かつ皮肉な現状が見えてきます。
最近の、巨大ホームセンターの集客力、”大改造!!劇的ビフォーアフター”のような番組のヒットなど、住む側の住環境にたいする意識は大分変わりつつあるのは事実で、ようやく世の中がフラーに追いついてきた、というのは、それでもまだ、時期尚早かもしれません。しかしながら、ワイアードの記事で知った、住宅をオープンソースのLinux OSに見立てたBe-h@usの取り組みは、まさにフラーの目指した、多様性のためのシステム化、モジュール化ともいえるようです。ブロードバンド、IT化が社会に影響を及ぼし始めて、ますます際立ってくるフラーの思想は、確実に50年以上先を見ていたように感じられてきます。

秋山東一(建築家)インタビュー
個人の’自立’をうながす住宅システム「Be-h@us」


Q. 一般の市民は、住宅にどう関わるべき、とお考えですか?

 一般の市民と、そうでない人=非一般市民との違いは、やはり、消費者と生産者、素人と専門家の違いということになるのでしょう。消費者であり素人である一般市民が、自分自身の家の作り方を取り戻すことが、 Be-h@us の目的といえます。セルフビルド、知的セルフビルドすることは、住宅を理解することから始まり、Be-h@us を鍛えていくことにつながっていきます。住宅を作る以前から、住宅を作ることを学び、理解し、自己を鍛えるべきです。そして、だれもが「知的セルフビルダー」になるのです。

(中略)

Q. オープンソースのソフトウェアのように、インターネット上のネットワークによって、「家の作り方」を構築していこう、ということですね。

そうです。Be-h@us のシステムは、コンピュータの OS(オペレーティング・システム)と同じようなものであると考えているのです。Be-h@us で一戸の住宅を作るということは、その OS に基づいたアプリケーションの一つなのです。工業化された木造軸組工法としての Be-h@us システムは、一戸一戸の住宅を規定するものではなく、基本的な仕様「工業化された集成材・金物・パネル」を規定しているのに過ぎないのです。
 そのシステムの全て、価格・マニュアル・ツールを公開するということによって、多くの人達と一緒に、あのリナックス(Linux) のように、それを鍛え上げていこうということなのです。

■その他参考
- Buckminster fuller insitute

Posted by jkanekomt at 2004年01月17日 23:09 | trackBack



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