エネルギー・ウェブとワールド・ワイド・ウェブ

ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)という言葉は最近見かける機会は減ったような気がするのですが、ウェブ=クモの巣のような、という概念はインターネットという通信インフラに限らず、色々な領域で取り組まれているようです。

「エネルギー・ウェブ」構想とは? (BizTech)

最近、「エネルギー・ウェブ」「燃料電池ネットワーク」などと呼ばれる新しいエネルギーシステムの概念が提案され始めた。家庭や事務所に小型の燃料電池コージェネレーションシステムを設置し、それらを互いに電力線でつないでネットワーク化し、電気を双方向でやりとりすることで、必要な電気をまかなおうというものだ。大規模な発電所から消費者に一方的に電気を配るのではなく、小さな発電機をネットワークで結び網全体で電力需要をまかなうという発想だ。

電気については、オーディオ用にきれいな電源が取れないものか?という興味はあったのですが、言われてみれば何百キロも離れた発電所で作られたエネルギーが、部屋のコンセントにプラグを差し込むだけで利用できることの方が、感覚的には不自然な感じがします。
感覚的に不自然=ムリをしている、というのは数値的にも事実のようで、聞きかじった知識では、発電効率と送電ロスによって元のエネルギーのおよそ40%程度しか家庭に届いていないそう。ビル・ゲイツ氏がAvista社にVulcan Ventures(ポール・アレン氏)がCapstone Turbine社などのマイクロタービン、燃料電池産業に投資した当時はITバブルで、「電気がなかったらPCが動かないから?」というのは短絡的すぎるとしても、新しいGRID(送電網)に投資することと、GRIDコンピューティングの技術開発を進めるのは、なんとなく共通項がありそうです。De-Centralize(非・中央集権化)の象徴としてWEBという言葉があるとすると、”ワールド・ワイド・ウェブ”と”エネルギー・ウェブ”は近い領域なのか?っと調べてみれば1998年のWiredのこんな記事。

未来の家はエネルギーを「インターネット化」する!?(Hotwired)

そうした「居住可能なエネルギー消費マシーン」の中で暮らす我々にとって、自分たちが日々どのような形でエネルギーを取得し、消費しているかという方向へ感性を働かせることは難しい。ブラックボックス化したインフラストラクチャーを通じて供給されるエネルギーを漫然と消費するだけの「端末市民」(ポール・ヴィリリオ)、それが我々の姿だ。
インフラへ意識を向ける回路が閉ざされていることは、環境に対する感性の危機と表裏一体である。自分がふだん消費しているエネルギーが、生態系にどれほどの負荷を与え、将来にわたって我々や我々の子孫の生存を脅かすことになるのか。こうした状況へ無自覚なまま、お題目のように「環境にやさしい生活」を唱えることほど空疎なことはない。
とはいえ、誰もパーソナルコンピュータや全自動洗濯機を生態系との共存のために捨て去ろうとは思わないだろう。「自然へ還れ」はもはや夢想でしかない。いま我々が考え実践すべきは、テクノロジーのオルタナティブな使い方や意味づけ方(=ユースウェア)、あるいは社会的な共有・管理形態(=ソーシャルウェア)を生み出すことなのだ。

う~むソーシャルウェアですか。単語レベルですが、また何か関連があるような気も。こうして見ると、アイデア自体は数年前のものなのでしょうが、現実にインプリが進んできている、という点でも燃料電池車がホンダやトヨタから発表される昨今、ちょっと調べてみたくなります。

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