”電気はコンセントから”という前提を疑ってみる

すでにノド元を過ぎて、すっかり忘れた感があるけれど、今年の夏は原発のトラブル隠しで電力不足になるといわれていた。そのような時には決まって「冷房は28度にね!」と電子ちゃん(?)がテレビCMで繰り返すものの、”電力不足”と言われても、どうにも実感がわかないものだ。
自分にとって電気とは、壁のコンセントから取れるものであり、月末には電力会社が(多分)使った分だけ口座から料金を引き落としていく。当たり前だと思っているから「何で電気会社の都合で暑い思いをせねばならんのだ!」とか停電があれば腹も立つ。しかしながら、”当たり前”は思い込みにすぎず、その前提を崩す、とうことで見えてくることもあるのかもしれない。
自然エネルギーから電力をつくりだす手段、流通するためのインフラは既に存在する。例えばオランダでは、ある時間帯においては電気の全需要の150%を風力発電によってつくりだすことができるそうだ。しかしながら、その時間帯が深夜であるために、必ずしもすべての電力需要を満たせられるわけではない。電力の需要は特定の時間帯に集中することが多く、電力を蓄えたり、遠くまで運ぼうとするとどうしてもロスがでてしまう。また、多くの人が電力が安定していることを想定しているが、風力や太陽発電などの自然から供給されるエネルギー量は必ずしも予測できるわけではない。
この問題にたいし、従来の電力会社的なアプローチをとれば「安定した供給を実現するためには、確実性の高い発電設備が必要=原子力は必ず必要=よりクリーンなのは核融合」という技術開発の方向性だろうか?供給サイドのアプローチとしては間違っていないのかもしれない。
では需要サイドからみた場合はどうだろうか?家電製品の省エネ化は確かにものすごい勢いで進んでおり、10年前に比べて消費電力が半分というような製品はザラだ。製品を購入するにあたっては、消費電力を気にして比較する場合も多いだろう。ただ、いったん購入して、壁のコンセントにつないだあとはどうか?どの製品が何時にどのぐらいの電力を使用しているか、把握することはできるだろうか?
太陽発電を利用した音楽スタジオで作曲したり、ライブの電源に自然エネルギーを利用している平沢さんのインタビューから。


太陽とのセッション、ミュージシャン平沢進氏インタビュー
音楽スタジオにおいては電源の確保というのは根幹に関わることだと思われるが、自宅スタジオに太陽発電を導入することで、音楽づくりだけでなく、生活全般に対する意識も大きく変わったという。
「例えば、ソーラースタジオで一枚CD作ってみましたが、どの位省エネ出来たのかって考えると、電力に換算すると半分くらいにしかならないんですね。でも、そうすることによって例えば、『暗くちゃいけないのか』って思ったりするわけですね。例えばこの家を建てた時は、丁度バブルの後期で、照明の設計がバブリーなんですよ。とにかく公共施設のように、美術館なり待合室みたいにものすごい光量で。それをおかしい感覚だと思えるようになる。夜に何故部屋の隅々まで照らさなきゃならないのか。陰が出ることとか、光源が美しいとかっていう意識は、実利的に明るければいいっていうことに、単に今まで圧倒されて来たわけで。そうじゃなくて、照明器具は、言ってみれば美術的な意味合いを持っているし、光そのものも、空間をデザインする役割をもってますよね。そういうことをなぎ倒してまで、明るくしてきたのはおかしいと思えるようになってくるんですよ。そうすると、好きな家具を買ったり、好きなカーテンを付けたりするのと同じように、好きな暗がりを作っていったりとかって考える方が、当たり前っていうか健全な気がしてくるんですよ。そういう発想がどんどん生まれてくるんですよ。」
(中略)
「(太陽電池を使うことによって)とりあえず、一旦、産業社会に住んでいる人間が、自分の生活や環境を支えてくれているサービスとしての産業を部分的に断ち切っていくような事が起こるんですよね。エネルギーをディストリビューターから断ち切って、自分で供給する。そしたら、そこには必ず何故そうするのかとか、どうしたら自分の用途に合うのかっていう考えが必ず生じて来るわけで、それがあって当たり前だと思うんですね、生活の隅々に。要するに、テレビ番組から電気から水道から、とにかく黙って居れば人から供給される。そのこと自体、異常なことだと思うんですね。それをまず自分で確保するということを考えると、今まで全く無意識にやっていた変な習慣が見えてくる。」

すべての電気機器が常に等しく、同じようにエネルギーを供給される必然性、というのは平沢さんの言う「今まで全く無意識にやっていた変な習慣」なのかもしれない。冷蔵庫が止まるのは問題かもしれないが、廊下の電気の明るさが、電力状況に応じて時々、半分の明るさになるのは大きな問題だろうか?
ノートパソコンには低消費電力モード、スタンバイモードなどいくつかの電力モードがシステムに組み込まれているけれど、こういった機能がよりインテリジェントに、自然環境や全体としての電力消費量などに連動するかたちで動作する、さらには身の回りにある電気機器の中で重要度に応じた優先的な供給や、あるいはユーザー自身でのカスタマイズができたりすると、個々の最適化によって全体としては大きな効率化につながるのではないだろうか。そのためにも、コンセントに差し込めば当たり前に使える、という電気の前提は一度、疑問にさらされるべきだろう。

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