デザインのデザイン 感覚の発見とモノづくり

知れば知るほど分からなくなることを「奥深い」と言いますが、日常のあらゆるシーンに奥深さを感じることは、自然のデザインに気づくことなのかもしれません。「リ・デザイン 日常の21世紀展」で、2000年世界インダストリアルデザイン・ビエンナーレ大賞、2000年度毎日デザイン賞を受賞し、2001年からは無印良品のボードメンバーにも名を連ねている原研哉さんの著書「デザインのデザイン」。
トイレットペーパー、ゴキブリホイホイ、マッチ、おむつ、出入国スタンプ、ティーバック、こういった日用品を再び無から考えるとどうなるか?日常を未知化するリ・デザインをはじめ、無印良品の「完全な地平線」に浮かぶロゴや、愛知万博(Expo Japan 2005)へのコンセプト提案など、豊富なイラストと写真はページをめくるだけでも楽しいが、それにも増して注意深くデザインされた言葉、文章そのものが、デザインするとはどういうことなのかを、自然と伝えてくれる。

まえがき

何かを分かるということは、何かについて定義できたり記述できたりすることではない。むしろ知っていたはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することに繋がる。たとえば、ここにコップがひとつあるとしよう。あなたはこのコップについて分かっているかもしれない。しかしひとたび「コップをデザインしてください」と言われたらどうだろう。デザインすべき対象としてコップがあなたに示されたとたん、どんなコップにしようかと、あなたはコップについて少し分からなくなる。さらにコップから皿まで、微妙に深さの異なるガラスの容れ物が何十もあなたの目の前に一列に並べられる。グラデーションをなすその容器の中で、どこからがコップでどこからが皿であるか、その境界線を示すように言われたらどうだろうか。様々な深さの異なる容器の前であなたはとまどうだろう。こうしてあなたはコップについてまた少し分からなくなる。しかしコップについて分からなくなったあなたは、以前よりコップに対する認識が後退したわけではない。むしろその逆である。何も意識しないでそれをただコップと呼んでいたときよりも、いっそう注意深くそれについて考えるようになった。よりリアルにコップを感じ取ることができるようになった。

認識を強めることで、そのモノをよりリアルに感じる、というのはちょっと不思議な感じがします。というのも、深く考えるまでもなく、目の前にあるものが現実だと確信できることが「リアルなこと」だとも言えるからだ。きっと人間以外の動物が感じるリアリティーとはそういうことのはずだ。
意識的であることをリアリティーとする、人間の特殊な感覚については次のようにも書かれている。

感覚のフィールド P62

一般的に「五感」とよくいわれる。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚という五つの感覚を指す言葉だが、これは「五官」すなわち目、耳、皮膚、鼻、舌といった感覚器官に対応した感覚の分類だろう。しかし、ちょっと考えただけでも、感覚が五つに集約されるはずもない。たとえば、指先で微かに触れるようなデリケートな接触と、手のひらでドアノブを押すような感覚は同じ「触覚」と分類するには抵抗がある。骨や腱に対する刺激はむしろ「圧覚」とでも呼んだ方がいいかもしれない。また、味覚といっても、これは口腔や舌の触覚と嗅覚が微妙に絡みあった感覚であって、口一杯にパンを頬張ったときと、舌先で甘いクリームをなめるときの感じ、あるいは熱いスープをすする感覚は同じ「味覚」と呼んでもいいものかどうか。さらにいえば、ウールのセーターに顔を埋めたときに感じる触覚や嗅覚は、再びセーターを見ただけで脳裏に蘇ってくる。たわしの表面がどのように硬いか、畳を裸足で歩くとどんな感じがするか。それらは記憶の中に経験された感覚として蓄積されていて、それを示す言葉や写真を媒介するだけでも脳裏に再生され豊かなイメージを形成する。
感覚はこのように互いに連繋しあっている。人間は、極めてセンシュアスな受容器官の束であると同時に、敏感な記憶の再生装置をそなえたイメージの生成器官である。人間の頭の中に発生するイメージはいくつもの感覚刺激と再生された記憶によって織り成されるスペクタクルである。そしてまさにそこが、デザイナーのフィールドなのである。

日常で受けとる感覚を一度分解し、それを一つの製品、建築、グラフィックスなどの形に再構築することが「デザインする」ということなのだろうか。ということは、あるものを感じる感覚が十人十色であるならば、そこから再構築されるデザインもまた、無限の広がりがありそうだ。新しい資源(モノ)が発見されると、それは消費される運命にあるのに対して、新しい感覚の発見は新たなデザインを生む。ただ消費されるだけでないモノづくりとは、そういうことなのかと思った。

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