水のように自由で完璧な瞬間

日本人ではじめて、MAUIのJAWS、世界最大の波に乗った中里さんの著作「水人」。読みつつ驚いたのは、サーフィンをしていて感じる、非常に曖昧な、しかし確固として身体が覚えている感覚が、正確に言葉で書かれているということ。あと、ブルース・リーのドキュメンタリーかなにかを見ていて、ずっと心に残っていたんだけど、正確に思い出せなかったブルース・リー語録がドンピシャリ、本の中で引用されていて、これも大きな収穫でした(笑)。

水のように P-91

失敗の原因は自分で自分を縛ることだ。
「こうであるべきだ、こうでなければならない」とか「こんなことができるはずない」などと自分自身を縛ることで自由な動きができなくなる。

Empty your mind, be formless, shapeless like water. Be water my friend.

これは、わが心の師、ブルース・リーが、あるテレビ番組のインタビューで吐いた言葉だ。

心を空っぽにするんだ、形式にとらわれず、水のように形をもたない。友よ、水になるんだ。

自信はないが、だいたいこんな訳でいいと思う。最初にこの言葉を聞いたとき、それはまさに「水のように」僕の心にしみ込んでいった。だから僕はいつも、自分がふだんの自分でなくなりそうになるとき、”水”をイメージする。

カップを役立てようと思ったら、まずカップの中が空でなくてはならない。心も同じことだ。一定の形式は自由を妨げ、創造性を押しつぶす。だから固執してはならない。水のようになれば、「一定の形式、スタイル、システム、型」にとらわれることなく、自由な想像や表現が可能になる。あらゆる「形」に固執しないことで、あらゆる状況に順応した「形」を自然に創造することができるのだ。水はカップにそそげばその容れものの形になり、ティーポットにそそげばティーポットの形になる。水は流れたり、忍び寄ったり、したたり落ちたり、砕けたり、時に大雨、洪水、津波・・・どんな形にもなれる柔軟性を持ち合わせている。固定観念にとらわれると人の言うことを素直に聞き入れなくなる。それはすなわち海の心に触れることができないということに他ならない。

ジョーズはその「水のようにあろうとする心」が試される最高のステージだ。
ジョーズライドで、まず大切なことは恐怖心を克服することだ。
ワイプアウトして波に巻かれたらどうしよう。息が続かなかったらどうしよう・・・。考えだしたらきりがない。恐怖心は身体から自由な動きを奪う。
肝心なのは、やるべきことをすべてやって、あとは自分を信じること。自分を信じると口でいうのは簡単だけれど、本当に信じきれるかどうか・・・。それにはふだんの努力がかかってくる。やるべきことをすべてやったら、あとはもう、とにかく信じるしかない。100パーセントの安全などありえないのだ。人生も同じことがいえるような気がする。

人間の限界を超えた波に挑戦するためには、人の持てる能力を最大限に発揮することが求められるのだろうけど、その過程は、ある意味で「無駄な思考を削ぎ落としていく」、感覚だけの世界に突入していくことなのでしょうか。究極のステージであるJAWSに挑戦するために、究極の代償(命)をかける中里さんの言葉は、純度100%、混じりけのない蒸留水のようなものだけど、多分サーフィンに心を奪われた人は、誰しもがそんな100%の感覚を体験して、それを追い求めるようになるんじゃないかと思う。

サーフィンの記憶は、完璧なスチールショット写真のように、ある瞬間、最高の構図で波の上の景色を見るようなもので、台風の波の切り立った斜面をフリーフォールする時とか、夕暮れ時に赤く輝く海の上で、ショルダーのはった波の斜面の先に、夕日へとつながる光の道がオーバーラップするときとか、そんな時の感覚は、次のような中里さんの言葉が完璧にフィットするような気がします。

風や波との調和 P-87

完璧な技が決まった瞬間、僕はそこに真の自由を感じる。時間でいえば、ほんのコンマ何秒かにすぎないが、僕はその一瞬に永遠を見る。
心と身体、そして自然が一体となり、何も考えなくても手足が勝手に動いていく。別の言い方をすれば自分の身体が誰かに支配されているような感じ。「こっちに来い」とか、「そっちはダメだ」といった声が聞こえ、波が僕のために道を開けてくれる。そんなときは、このまま、目をつむっていてもできるような気さえしてくる。

ライディングを終えて、あとになって考えるとそのライディングが実は自分でしたものではないのではないかと思うことがある。それが自然と一体化したということなのかもしれない。本当に不思議に思うと同時に、心に自然に対する畏敬の念があふれてくる。ウインドサーフィンをしていてよかったとしみじみ感じる瞬間がそこにある。

人間の身体は、ほとんどが水分でできている、っという言い方もされるけど、むしろ人の形をした水というほうが正確だったりして。人形と人の違いは、水で満たされているか、いないか。あと、やっぱりみんな、ブルース・リーが好きなんですね(笑)。

P-150 対談 浅野忠信 × 中里尚雄

浅野 「水人」っていうこの本のタイトルなんだけど、これってヒサオちゃんが自分で考えたの?

中野 「Be like water(水のように)」っていうブルース・リーの言葉と「Water man」という言葉にインスパイアされて・・・。水ってあらゆる生命の源だからね。水はどんなものでも溶かしてその中に受け入れることができるんだけど、水の性質は失わない。泥水でもなんでもどんなに汚れても、蒸発して雲になって雨に変われば、また純粋な水に戻るでしょ。津波にも洪水にも、霧の一滴にもなることができる。ブルース・リーがいったみたいに、水のようにしなやかで、静かで落ち着いてて、集中が必要なときは津波みたいに力を出して、そうでないときは水面のように落ち着いて・・・。そういうふうになりたいという意味を込めて、このタイトルがいいかなと。

ーー 浅野さんもブルース・リー好きなんですか?

浅野 もちろんです。もう、僕はブルース・リーと誕生日が同じというのがいちばんの自慢ですから(笑)。


水人
中里 尚雄

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