ブログ脳3 ゆるいテーマの心地よさ

ブログ脳2 書けるのは、その時だけの、草文章」より続く

ブログが登場したことで、ネット上に新しいタイプの情報の集まり(サイト)が増えてきた気がします。それを「ゆるいテーマを持ったサイト」と仮に表現してみます。最初は「ブログ=日記」という定義もありましたが、ただの日記と言うには、個々のブログにはもう少しテーマ性があるような気がする。かといって「○○の旅行記」というような個人サイトよりは、もう少し幅広いテーマをあつかっている。この微妙で中間的な「ゆるさ」が心地よい。

この心地よさの源泉は何かと考えると、テーマにしばられくてよい、というのは理由のひとつかと思います。学校での作文や論文のように、他人にテーマを設定されること以外にも、自分が設定したテーマに縛られることも結構あります。「書かなきゃいけない」と思って書くのは、あまり楽しくないものです。

ブログのトップページは、新しく記事を投稿することで、どんどん書き変わっていきます。10本ぐらい違うテーマの記事を書いてしまえば、もうすっかり別のブログになる。もちろん違うブログにする必要は無いのですが、「それぐらいでもOK」な感じが、実はモチベーション維持にずいぶんと貢献していたりするのかも。

blog_brain_change.jpg

テーマが変化するのもブログの面白さ

一方で、その「ゆるいサイト」を読む側はどうか? 実はこれも意外とOKではないでしょうか。通常、サイトのテーマは明確であった方がいいと言われます。確かに、検索して探したサイトには、同じようなテーマの記事が集まっていると便利です。しかし、RSSリーダーで定期的にブログをチェックしている場合は、予想していなかった情報があると、オッと嬉しい気持ちになります。 よく読んでいるブログなどは、徐々にテーマが変わっていったりすると、「なるほど、今はこういう方面に注目しているんだな」と、過去の文脈から今のテーマが見えてきたりする。また、テーマが少し変わっても、一つのブログでは、書く人のカラーが維持される安心感がある。

ちょっとこのエントリー自体が、ゆるゆるな感じになってきてしまいましたが、「脳」整理法の中で紹介されている、「鯉の滝上り」というメタファーを読みながら、何となく書いてみました。

「脳」整理法 p.77

昔の人は、人間というものは変わるものだ、変わりうるものだということを前提にものごとを考えていたように思います。「鯉の滝上り」というメタファーには、そのような思想が現れています。 鯉が、登竜門の滝を登ると、竜になってしまうというのです。もちろん竜は,空想上の動物ですが、現在の自分を「鯉」になぞらえ、天がける竜に変身することを目指した昔の人がどのような希望を抱いていたか、想像することができるように思います。

*** 中略 *** p.78

私の「心」をつくり出している神経細胞の結合様式は、決して同じままとどまることはありません。神経細胞はつねに自ら活動を続け、脳の成り立ちを一瞬たりとも止まることなく変化するのです。

このような変化の基礎になっているのは、

  1. 神経細胞は、外界からの刺激の入力がなくても、つねに自発的に活動し続けている
  2. 神経細胞の間の結合(シナプス)は、その両側の神経細胞が同時に活動すると強化される(ヘップの法則)

という二つの事実です。この二つの事実を組み合わせると、神経細胞の結合パターンはつねに自発的に変化せざるをえないという命題が導かれるのです。
とりわけ、神経細胞の結合パターンの変化を決めるヘップの法則は、「偶有性」が脳の中にどのように取り込まれ、整理されていくかということに深い関係があります。

*** 中略 ***

私たちの脳の中には、世界の中からたくさんの偶有性を取り入れ、自らの体験を整理して生きる糧とするために必要な、「インフラ」がきちんと整備されているのです。このような「インフラ」を通して、脳は自らの体験の中の偶有的要素を整理し、変化の早い時代にもきちんと適応していくことができます。
どうせどうなるかわからない人生を生きるのであれば、自分の脳の中のインフラを信頼し、自分の目の前にある偶有性を避けるのではなく、その中に飛び込んでいくしかありません。偶有性の海の中で自らの有限の立場を引き受けて生きていくことが、最良の「脳」整理法であり、世界知と生活知を一致させる道なのです。

「脳」整理法 茂木健一郎・著 より