ダ・ヴィンチ・コード に惑わされてみる

友達の読み終わったダ・ヴィンチ・コードをもらって、なかなか遅ればせながらに読んだ。なんだか小説自体が久しぶりで、一気に読み進む感覚を思い出しながらページをめくり終わる。

日常と言うほどにはキリスト教に馴染みはないけれど、誰もが知っている事物に残された痕跡をあつめることで、慣れ親しんだ世界観に目眩(めまい)をおこさせるのは、なるほど確かに、これだけ多くの人に読まれる力が感じられる。

書かれている歴史を考察する知識はまったくないけれど、訪れたことのあるルーブルやロンドンの光景、あるいは「薔薇の名前」のイメージなど、記憶の断片から想起される、自分の中の過去の遺産がそのままミステリーに転換する。

記憶が積み上がるほど、納得しやすいストーリーへと導いてくれる信仰には、たとえそれが迷信といわれても、抗しがたい魅力がある。小説の中で、この言葉が誰によって述べられたのかは、とても興味深い。

「いまわれわれは大いなる変化の時代にいる。千年紀が少し前に終末を迎え、それとともに、占星術で言う二千年に及ぶ魚座の時代が幕を閉じた。魚はイエスの記号でもある。占星術にくわしい象徴学者ならだれでも知っているが、魚座の理念では、人間は自分で物を考えることができず、より高次の存在から行動の指針を教わる必要があるとされている。だからこそ、この期間は熱心な宗教の時代だった。ところが、いまやわれわれは水瓶座の時代に踏み込んだのであり、その理念は、人は真理を学び、おのれの力で考えることができるというものだ。いわばイデオロギー上の重大な変革で、いままさにそれが起こっている」

およそ、世の中のありとあらゆる表現には罠が仕掛けられている。小説のストーリに、たぶらかされるのを楽しみつつも、コードに惑わされずいるのは難しい。真理はつねに、ほのめかされる、とまったく違う文章がつながってみえるのが、この小説の力なのかもしれない。

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by G-Tools , 2006/05/20