中原中也 at Root Culture

くっきりと青く、晴れ上がった秋の空の下を、バイクに跨がって鎌倉に向かった。海沿いの国道134号を、由比ケ浜で左に曲がり、住宅街を抜けた小高い森に鎌倉文学館がある。今日はここで、Root Culture主催の中原中也 生誕100年記念のトリビュート・イベントが開催されているのです。バイクを停めて、坂道を登ると、木立の間から、詩を読む声が聞こえてきた。


こんもりとした森に囲まれて建つ、文学館の前庭、きれいに刈りそろえられた芝生が広がっている。まだ青々とした草の上で、思い思いの格好で座ったり、寝そべったりしながら、中也の詩に耳を傾ける人々。日向は10月とは思えないほど暖かくて、靴を脱ぎ、素足でくつろいでいると、うっかりと詩を聞き逃してしまうが、それはそれでよしとしよう。鎌倉の仲間との、いつもの会話も楽しい。




15時からは、高橋源一郎さん+高木完さんのライブ音楽とリーディングの組合わさったパフォーマンス。「なか・はら・ちゅう・や、という名前からして音感的ですよね」との源一郎さんの言葉通り、野外での音の広がりと相まって、詩を読む声が歌になり、秋晴れにすいこまれていく。高木完さんが朗読をした『月夜の浜辺』という詩が、ちょうどこの前、写真に撮った光景のようで、イメージに残ったので、ここに書き写してみる。

月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂(たもと)に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打ち際に、落ちていた。

それを拾って、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
   月に向かってそれは抛(ほう)れず
   浪に向かってそれは抛(ほう)れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁(し)み、心に沁みた

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

在りし日の歌—中原中也』 より


昼と夜の水平線