民主化するイノベーションの時代

本の整理をしていて、 以前に読んだ『民主化するイノベーションの時代』を読み返した。少し前(2005年)の発刊ですが、今読んでもまったく古びた感じがしない。改めてインスパイアされる面も多かったので、ちょっとまとめてみる。

著者は、MITスローン経営大学院のエリック・フォン・ヒッペル教授。巻末の、膨大な参考文献リストが示す通り、豊富な事例研究と調査に基づいたアカデミックな著書。かなりカッチリとした文体ですが、その一方で、事例としてエクストリーム・スポーツが取り上げられていたり、興味深く読むことができました。カイト・サーフィンやモトクロス・バイクの、機材の進化における、リード・ユーザーの役割や、もちろんオープンソースのソフトウェア開発も、豊富な事例として登場します。

製品とサービスを「カスタマイズ」するニーズがある理由として、そもそものユーザー・ニーズ自体に多様性があるから。例えばクラスの学生に、「自分が使っているバックパックの機能に満足しているか?」と尋ねれば、「まあまあ満足している」という答えがほとんどだが、さらに詳しく聴いていくと、「ランチバッグか水筒から漏れると、本やノートが濡れてしまうので、防水の仕切りが必要」などの細かい要望がでてきて、さらに数人はそのような個人的な問題を解決するための工夫を、すでに自分で施している(p.64)。

また、ユーザー・イノベーターが個人の場合、自らの作業の結果であるアウトプットだけを、唯一の目的として評価するわけではない。『それが楽しいから』人は作業に没頭するのだけれども、楽しさをもう少し分解すると、より本質的な欲求につながっていく。

チクセントミハイは、ロッククライミングなどのように、個人がその行為自体に本質的な見返りを見出している作業の特性を体系的に研究した。すると、「退屈」と「恐怖」を両極とする課題のレベル(難易度)が重要であり、また、作業に没頭しているときに得られる「満ち足りた瞬間」に本質的な喜びを見出していることがわかった。

アマビルは、本来人に備わっているモチベーションが、創造性の重要な決定的要因である提唱している。その所見によれば、創造的な作業とは、「発見的な」(解決策への決まった道筋がない)性質を有するもの、そして創造的なアウトプットを、そのような作業への斬新かつ適切な(役に立つ)対応の結果であると定義している。たしかに両方の条件とも、製品やサービスを開発するという作業にあてはまる。

民主化するイノベーションの時代』 p.86より

他にもオープンソース・ソフトウェアなどの、特定のプラットフォーム上で作業することで、自分の技術の習熟度をあげることにつながる。このようなケースにおいて、最終的なアウトプットの価値が大きくない場合でも、自分の時間をそれらの開発に費やすことで、個人的な満足、利益につながることがある。

マウンテンバイクの進化の事例解説(p.99)は、具体的でとても面白い。マウンテンバイクは1970年代初頭に、一部の若いサイクリストが自転車をオフロードで乗るために、頑強なフレームや強力なドラムブレーキをすべて自作することから始まった。1975年頃には、他の人のためにも自転車を組み立てるために少数の家内工業として発展を続け、82年になると「スペシャライズド」という小さな企業が初めて大量生産のマウンテンバイクを市場に投入した。主要な自転車メーカーがこれに追従し、2000年の数字では米国内自転車市場の販売総額のうち、約580億ドル(65パーセント)をマウンテンバイクが占めるようになった。

マウンテンバイクが大量生産されるようになると、ユーザーのイノベーションは、個人ごとの特別なニーズに特化しながら発展を続けた。ライディングの技術が高まるにつれて、通常の山道から雪山、暗闇の中、あるいは家の屋根や給水塔からジャンプするなどのアクロバティックなアクションまで、特定の環境で求められる機能は、さらに先鋭化していく。こういったニーズは、一部の限定した上級ユーザーを助けるためのもので、解決のためには専門的な知識が必要とされる。ここでイノベーションの源泉となるのが、マウンテンバイクの知識と、まったく別の分野の専門知識を組み合わせるということ。

つまるところ、リード・ユーザーの多くは、日中は学生や従業員であり、航空宇宙エンジニアから整形外科手術にいたるまで、さまざまな分野で専門的な訓練を受けつつ業務に従事しているのである。マウンテンバイカーは、自分のバイク装備を改良するためにわざわざ整形外科手術について学んだりはしないだろうが、もしすでに整形外科分野でのエキスパートであったなら、関連するソリューション情報としてその専門知識を活用することは簡単にできるだろう。

民主化するイノベーションの時代』 p.101より

このように異なる専門知識を活用して、自分のためのソリューションを開発することは、汎用的なマウンテンバイクのイノベーションとは明らかに異質である。『粘着性の高いニーズ情報やソリューション情報』と本書の中で呼ばれているが、そのようなイノベーション・ニッチにおいては、当事者のみが低コストでイノベーションをおこなうことができる。なぜなら、ニーズ自体を理解するためにも特定の技術の習熟が求められ(家の屋根からバイクでジャンプするとか)、また、それを解決するためのソリューションも、しばしば異なる分野の先端テクノロジー(特殊素材をつかったバンパーなど)が求められるからである。

イノベーションを主導するユーザー(リードユーザー)によって、幅広いニーズと、対応するソリューションが提示される。これは新しい領域へとプロダクトを広げる上で、先行テスト的な役割を果たす。メーカは、そのような先行事例からニーズを把握することで、より効率的なR&Dを実施することができ、結果としてプラットフォームとしてのプロダクト全体の成功確率を向上する。

また、インターネットの普及によって、イノベーション・ニッチの情報を共有するコスト自体も大幅に低下している。共有のコストが低下することで、コストをかけにくいニッチなソリューションであっても、より多くの人の目につきやすくなる。ユーザーの1人1人が提供できるイノベーションの数は多くないが、広範囲に広がるユーザーをつなぐことで、イノベーション・コミュニティー全体の価値を増加させることができる。

第六章『ユーザーは、なぜイノベーションを無料公開するのか』では、オープンソース・ソフトウェア( Apache )を例に、無料公開のイノベーション的な意味合いが考察されている。ここでのポインンとは、いわやる『オープン vs クローズド』のような議論は、ものごとを分かりやすくモデル化する上では役にたつが、現実的にはその中間に位置する領域も豊富に存在し、十分繁栄可能であるという指摘。個人的にも、Creative Commons や、用途によって選べる様々なオープンソース・ライセンスなど、現実で成果をあげているプロジェクトは、この中間地帯の活用を意識しているものが多い気がする。

個人的な資金で開発されたイノベーションを無料公開することは、イノベーターにとっては個人的な利益の喪失を意味するものであるため、それが自発的になされるはずはない、というプライベート・インベストメント・モデルで置いた前提を排除すること。その代わり、プライベート/コレクティブ・モデルは、ある共通条件のもとであれば、独自のイノベーションを無料公開しても、イノベーターの個人的利益を減らさず、むしろ増やす可能性があることを提唱する。

「フリーライダー(ただ乗りをする者)」は、貢献者が得る完成した公共財と同等のものを獲得するだろう、というコレクティブ・アクション・モデルで置いた前提を排除すること。その代わり、プライベート/コレクティブ・モデルは、公共財への貢献者のほうがフリーライダーよりも本質的に大きな個人的利益を得られると考える。こうした考え方は、プロジェクト担当者による管理を必要としないコレクティブ・アクション・プロジェクトに参加するインセンティブを必要とする。

民主化するイノベーションの時代』 p.122より

このような中間領域で、誰もがイノベーションに参加することができる『創造機会の民主化』が拡大しているというのが本書の趣旨。リードユーザー主導での開発がさらに発達した例として、カイト・サーフィンの世界では、ユーザー・イノベーターが設計した製品を、メーカーが生産するという共同体制が構築されているそうだ。これは特に驚くべきことでもなくて、スノーボードやサーフィンなどのエクストリーム・スポーツでは、トップ・プレイヤーとメーカーが密接な協力関係にあるケースが多い。以前に感想を書いた、パタゴニアもそのような企業のひとつ。一般的な営利企業というよりは、そのスポーツや活動を、社会のなかで永続的に持続するためのインフラという位置づけに近いのかもしれません。

社員をサーフィンに行かせよう --パタゴニア創業者の経営論

読み返してあらためて、『民主化するイノベーション』の民主化の意味を考えてみたのですが、なかなかに強い語彙をもっている言葉だということに気づきます。単なるユーザー至上主義に留まらず、『自らが、こうでありたい』という強い意志こそが、イノベーションの原動力だと示唆しているようにも感じられます。発見や探検、挑戦や創造という個人的な活動が、イノベーションという形を通じて、巨大な市場経済システムへの影響を強めていると考えると、これはなかなかワクワクする時代ではないでしょうか。

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民主化するイノベーションの時代
エリック・フォン・ヒッペル サイコム・インターナショナル
ファーストプレス 2005-12-09

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by G-Tools , 2007/12/09